この、EUによる夏冬時間制だが、スペインや西フランスではもう一つの問題を抱えている。
というのも、スペインや西フランスは地理的には緯度から見て英国のほぼ真下に位置しているので、本来はスペインやフランスの西側の時間帯は英国グリニッジの時間帯に従うべきなのである。現に、ポルトガルは英国と同じ時間帯を採用している。しかし、実際にスペインやフランスで採用されているのはヨーロッパ大陸のベルリンの時間帯なのである。
つまり、スペインの夏時間はグリニッジの時間から2時間も進ませることになり、日が昇る自然の時間帯から遠く離れた時間帯を採用しているということで肉体的に無理をさせているということになる。夏時間を採用する前日の朝7時頃は外は既に明るくなっているが、夏時間を採用した途端、朝7時の外は暗いままだ。90年代からこのような生活をしているスペイン人はそれに慣れてはいるが、生理的には即座に夏時間になってはくれない。
スペインがベルリンの時間帯に合わせたのは1940年3月16日の土曜日であった。夜11時に時計の針を1時間進ませて12時にしたことから、現在の4600万人のスペイン人の社会的な時差ボケが始まったのである。誰がその決定を下したのか? フランコ将軍であった。
当時、スペインは内戦の後で疲弊していたが、フランコ将軍が内戦で勝利したのもドイツとイタリアの支援のお陰であった。しかし、内戦の後で第二次世界大戦に参戦するだけの余裕はなかった。そこでフランコは中立を保ちながらも、ドイツを支援する為にドイツのロシア戦線にスペイン義勇兵を派遣している。そしてヒットラーに敬意を払う意味も込めて、スペインはベルリンの時間帯を採用したのであった。そして、大戦が終了した後もスペインはベルリン時間帯をそのまま採用し続けたのである。
その結果、EU28カ国の中で、スペインは3200km離れたポーランドのワルシャワと同じ時間帯となり、僅か150キロしか離れていないポルトガルとは1時間の時差が発生するという奇妙な現象が起きているのである。(参照:「
BBC」)
スペインがグリニッジの時間帯に戻るべきだという意見もあり、上院でそれが検討されているが、世論がそれに賛同する意向は今のところ無いようだ。
<文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。