在日カタルーニャ人が語る、独立運動。「たとえ経済的不安があっても、独立に賛成する」

 今は、両親の仕事に独立運動がどのような影響を与えているのか。 「カタルーニャ全体として独立の機運が高まっているのは確かだと思いますし、その点においてはバルセロナのような大都市も私の故郷である小さな街でもそれほど変わらないと思います。ときどき家族とスカイプでも話しますが、大部分の人は通常通りの生活を送れているようです。ただ、母の生花店の売り上げは最近落ちているみたいですね。父の仕事に関しては……それほど影響は出ていないと思います」  今回の独立運動を一貫して強く支持し、公式声明も出しているのが現マンチェスター・シティ監督のペップ・グアルディオラである。筆者は彼女にサッカー監督ではなく、独立活動家としてのペップのことをどう思うか聞いてみた。 「私たちにとって、ペップ以上に力があったのは、ほら、金髪の歌手、シャキーラと結婚したバルサの選手がいたじゃないですか…誰でしたっけ?」 「ジェラール・ピケのこと?」 「そうそう、ピケですよ。彼の独立支持声明によって、流れが大きく変わって独立支持の機運が高まったのは確かだと思います」  このやり取りの前に「サッカーは好きか」(¿Te gusta el fútbol?)と筆者は聞いたのだが、「あまり」とわざわざそこだけ日本語で答えた。  確かに、ピケの名前がすぐに出てこないということはサッカーにあまり興味がない何よりの証明である。  サッカーが好きかどうかわざわざ触れたのは、カタルーニャにおいてはFCバルセロナが「政治的存在」そのものだからだ。  この問題は、スポーツとは別の次元で選手のキャリアを左右してしまう恐れがあり、簡単に発言することができない。長年バルサの主力として活躍したシャビ・エルナンデス(註:カタルーニャ語では、本来“チャビ”と表記するのが正しい)は、ワールドカップで優勝した際にバルセロナへ凱旋したわけだが、勢いで“スペイン万歳”(¡Viva España!)と叫んだら大きな批判にさらされたと自伝に記している。  実は全く別の国で全く別の職業にもかかわらず全く同じジレンマに直面した人物もいる。全世界の誰もが知る歌手、セリーヌ・ディオンである。  彼女はカナダ・ケベック州の出身で本来母国語はフランス語である。ケベックにも長年独立の機運があり、かつてモントリオールを訪問したフランスのシャルル・ド・ゴール大統領が「自由ケベック万歳!」と叫び大問題となったこともあった。  小学生時分からすでに歌手活動を開始し、ケベックで頭角を現していた彼女だが、これから世界へ打って出るなら歌も英語で歌うしかない。美空ひばりと同じく、学校に通う時間すらなかったセリーヌは、15歳のころベルリッツに通い、英語の特訓を受けることとなる。  そしてあるとき、オンタリオ州(トロントやオタワがあり、つまり英語圏である)の某所でケベック人労働者の集まりで歌う機会があったのだが、これから英語で売り出していかなければならない時期であり、英語の歌を歌った。しかしケベック人労働者にとってはつかの間の休息でフランス語を思い切り堪能したかったのに、台無しにされたと怒りをぶつけられた、と自伝に記している。  ほかにもアイスホッケーのモントリオール・カナディアンスの試合を観戦する際にも、独立派の癇にさわらないように、かつ独立反対派の総スカンを食わないように、服装やアクセサリーまで気を遣って会場に行ったという。人気商売の辛さである。
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「スペインの政治システムを完全に変えなければ」
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