さらにロケットそのものだけでなく、イプシロンは打ち上げる場所にも欠点を抱えている。
イプシロンの発射台がある内之浦宇宙空間観測所は、鹿児島県の大隅半島の東側、切り立った断崖の上にある。
今回打ち上げられたASNARO-2のような地球観測衛星の場合、地球を南北に回る軌道に打ち上げられることが多いため、ロケットを北か南に向かって打ち上げることになる。
しかし内之浦の北は日本列島があるので言わずもがな、南にも種子島があるため、イプシロンはまずいったん東方向に打ち上げ、途中で飛行経路をぐいっと南方向に捻じ曲げて飛ばなくてはならない。この場合、捻じ曲げる分のエネルギーが無駄になるため、打ち上げ能力が本来より大きく下がってしまう。
また、その切り立った断崖にあるという立地ゆえ、ロケット発射場は狭く、さらに老朽化も進んでいる。
こうした問題は以前から認識されており、たとえば種子島や、北海道の南東部にある大樹町に新しい発射場を造ろうという声もある。とくに大樹町は真南が開けているので、飛行経路を捻じ曲げるように打ち上げる必要がなく、また一から新設することで、イプシロンや顧客の要求に応じた、機能的で使いやすい発射場を造ることもできる。
ただ、それには多額の資金が必要になる。これから先、どれくらいの打ち上げ需要(回数)があるのかわからないイプシロンに、それだけの投資は割に合わないかもしれない。またロケットや衛星搬入のための道路や空港などインフラを整備することも考えると、JAXAや民間企業の一存でできることでもない。
内之浦宇宙空間観測所のイプシロンの組立棟や発射台 Image Credit: JAXA
イプシロンは今後、JAXAの科学衛星や探査機、そして技術開発を目的とした小型衛星など、主に官需衛星の打ち上げを中心に使われることになっている。
そうした衛星の自律した、そしてより安定した打ち上げを持続させるためにも、商業打ち上げ市場でも戦えるロケットとして運用し、実際に受注を取り、打ち上げ頻度を増やし、コストや信頼性をこなれさせる必要があることは論をまたないだろう。
しかし、官需衛星と合わせて年間数機のペースで打ち上げを続けたり、そして国内外の多種多様な衛星を受け入れ、打ち上げ準備などを円滑に行ったりするためには、少なくとも内之浦の施設の大幅な改修、場合によっては前述のように内之浦からの撤退も視野に入れた、発射場をはじめとする運用体制の抜本的な改革が必要になろう。
ロケットそのものは世界トップレベルのものが完成し、これからもシナジー・イプシロンなど、進化を続けることは決まっている。打ち上げを重ねれば、信頼性も積み重ねられ、コストや販売価格も安価になっていくだろう。そしてその運用の民間への移管はほぼ既定路線となっている。
次に重要かつ必要になるのは、イプシロンを、誰が、どのように、そしてどんな将来像をもって運用していくのか。その実現のために何が必要なのか。そして国が資金面、法律面などで、いかにそれを支援できるかという議論、そして実際の行動であろう。
<取材・文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『
イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。
Webサイト:
http://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info(
https://twitter.com/Kosmograd_Info)
【参考】
・JAXA | イプシロンロケット3号機による高性能小型レーダ衛星(ASNARO-2)の打上げ結果について(
http://www.jaxa.jp/press/2018/01/20180118_epsilon3_j.html)
・平成29年度ロケット打上げ計画書 高性能小型レーダ衛星(ASNARO-2)/イプシロンロケット3号機(ε-3)(
http://www.jaxa.jp/press/2017/12/files/20171208_epsilon3.pdf)
・ASNARO-2/イプシロンロケット3号機 特設サイト | ファン!ファン!JAXA!(
http://fanfun.jaxa.jp/countdown/epsilon3/)
・イプシロンロケット H3ロケットとのシナジー対応開発の検討状況(
http://www.jaxa.jp/press/2017/07/files/20170704_epsilon_j.pdf)
・北海道大樹町に新射場を整備した場合の道内経済波及効果(
http://www.dokeiren.gr.jp/assets/files/pdf/teigen/20170531report.pdf)