お笑い評論家が考察する、「ベッキー尻蹴り」肯定の論理

ラリー遠田
 12月31日に放送された『絶対に笑ってはいけない アメリカンポリス24時!』(日本テレビ系)の中で、ベッキーが女性キックボクサーに尻を蹴り上げられた。この件についてウェブ上では批判の声が上がっている。その一方で、同番組を見ていてなんとも思わなかった視聴者が数多くいたのもまた事実だ。
 果たして、同番組のあのパートを単なる「お笑いネタ」として消費していた人は、この騒動をどう見たのか?  お笑い評論家として、さまざまなメディアで執筆し、日常的にお笑い系のバラエティ番組を好んで見ているというラリー遠田氏に、1人の肯定派の立場からこの件について考察してもらった(以下)。

タイキック批判派の中にも、3種類ある

 恐らく、この番組を楽しんで見ていた人の多くは、この件がこれほど大きな騒動になっていること自体が不思議であり、「なぜ今さらこれが問題視されているのだろう?」という感覚を持っているのではないだろうか。  ただ、そういう人がこの件をどういうふうに感じているのかということを、批判する側の人たちに的確に伝えることは難しい。  単に「別にこのぐらい、いいんじゃないの」というのが偽らざる本音なのだが、これだけでは批判者を説得できるとは思えない。ここでは、1人の肯定派の立場から、この件をどう思っているのか、というのを語っていきたいと思う。  ベッキーが蹴られたことを問題だと思っている人の中にも、それのどこがどう良くないのかということに関しては意見の違いがある。その点をまずは整理しておきたい。大まかに言うと、以下の3つに分けられる。 A.そもそも暴力を笑いのネタにするのが良くない B.女性に暴力をふるうのを笑いのネタにするのが良くない C.「不倫騒動の禊」として蹴られているのが良くない  まず、AとBの意見を持っている人に対しては、こちらから言えることは何もない。あなたがそう思われるのならそれはそれで仕方がないですね、という感じだ。間違っていると言いたいわけではなく、個人の感覚そのものには何とも言いようがない、と率直に思う。  ただ、現状では、地上波テレビのバラエティ番組において、(相互の了解の上で)暴力にも見える行為を笑いのネタにすることは絶対的なタブーとまでは言えない。  漫才でボケ役がツッコミ役に頭などを叩かれる行為、熱いおでんを口に入れさせられる行為などのように、時と場合によってはそのような手法が用いられることもある。  Aの意見を持つ人は、これらすべてに否定的なのだろうし、Bの意見を持つ人は、女性がこれらの暴力的なやりとりの被害者(に見える立場)となることに否定的なのだろう。  ただ、それらの意見を持つ人にぜひとも理解していただきたいのは、世の中で実際に行使される「暴力」そのものと、お笑いやバラエティ番組における「暴力に見える行為」は、似ているように見えても全くの別物である、ということだ。
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「暴力」そのものと、お笑いにおける「暴力に見える行為」は似て非なるもの
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