カフェ文化が定着し始めたタイで奮闘する日本人パン職人の思い

 ブレインウェイク・オーガニクス・トンローがジャパネスクだと感じる大きな要因はもうひとつある。それはパンやケーキなどが完全に日本人の好む味になっているからだ。それもそのはずで、ここの店にはパン職人のブーランジェが日本人であり、このブレインウェイク・オーガニクス・トンローに常駐しているからだ。しかも、この人物は日本での経験が豊富なプロ中のプロ。「日本でもこの水準のものはそうそう見かけない!」とオープン初日からたくさんの在住日本人に評されたほどだ。

ショーケースには日本のブーランジェリーで見かけるような定番もあるが、おもしろいことにタイ人と日本人の選ぶ基準が違い、人気にも差が出るそうだ

 常駐するブーランジェは、ホテルやブーランジェリーなどで25年以上職人として働き、天皇陛下にも3度パンを献上したという、日本でも数少ない経験を持っている佐藤一真氏(44歳)だ。
パン作りの様子

佐藤氏は見た目に柔らかさがあるが、強い信念と情熱を持つ。パン作りに一切の妥協はなく、その熱いまなざしがタイ人の若いブーランジュたちに化学変化を起こす。(写真提供:浜崎勇次)

「韓国に出張で行ったこともあって、海外経験のおもしろさは感じていました。タイにもやはり出会いがあって来たのですが、最初は出張のようなものでした。それが、タイ人のブーランジェたちが私を待っていてくれているということも聞きましたし、私生活においては子どもも手がかからない年齢になったということもあって、すべてのタイミングがよかったのでタイで常駐することに決めました」  そして何より、佐藤氏がタイでの仕事を選んだのは、出張で来たときに見た若いタイ人の教え子たちが本当に楽しそうに働いているのを見て心を打たれたからだという。 「彼らのためになにかできるかもしれない。人のためになにかができる。日本だと会社に属していればどうしても会社のために働かざるえを得ない。それがここでは人のためになにかできそうだと感じたんです。それに、タイは制約が少なくて自由だと思いましたね。日本だと批判などを気にして動けなくなってしまいますが、タイではそれがあまりない。思いっきり暴れられるかもしれないと」  人生は1回きり。自身のフィールドを広げることにもなる。そう信じ、単身で2年以上はいる覚悟でやってきたという。

「パン」が根付いていないタイで奮闘

 やる気も覚悟もあったが、決して平坦な道のりではない。例えば、これまであまりパンを食べてこなかったタイ人はパンひとつとっても選び方が違う。クロワッサンのような外観は、まず色が茶色であって好まず、見た目も硬そうだとして敬遠する人が多いのだとか。  こういった国民性の違いを理解し、かつ、それを乗り越えて浸透させようというのだから並大抵の覚悟では来られない。ほかにも佐藤氏のような日本人ブーランジェが、パンの浸透していなかったアジアの国々に何人かいるのだそうだ。台湾、マレーシア、インドネシア。日本人がその地でパンを教え、その技術がその国で広まりつつあるのだという。 「ここで教えた職人たちもいつかは辞めていってしまうでしょう。ですが、ここを巣立って、ここで得た技術をまた別の店で活かす。そしてタイ全体のブーランジェリーのレベルが上がってくれたらいいなと思いますね」  カフェ文化が広がりつつあるタイで奮闘する日本人パン職人、佐藤氏が見据えているのは店を飛び越え、これからタイの人々が新たに出会う世界なのだ。 取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:@NatureNENEAM) 取材協力/brainwake organics THONGLOR
(Twitter ID:@NatureNENEAM) たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など
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