首都圏の鉄道の「大雪対策」が北国並みにできない理由

鉄道

撮影/さちどん

 今年2月、首都圏は2度にわたって未曾有の大雪に見舞われた。鉄道網はほぼ全面的に麻痺し、中央本線では長時間にわたって列車が立ち往生して乗客が車内に閉じ込められたり、東急東横線に至っては雪の影響でブレーキが効かずに衝突事故まで起こしている。かろうじて運行を続けていた路線でも運転本数は通常時の半分以下となり、多くの利用者が雪の中でいつ来るとも知れぬ列車を待ち続ける羽目になった。  この反省を受けて、鉄道各社では今冬に備えて新たな雪害対策を打ち出している。例えば、JR東日本ではポイント部分の電気融雪装置を新たに700台増備するなどの対策を打ち出している。特に力を入れているのが被害の大きかった東京西部から山梨県内を管轄する八王子支社。倒木のおそれがある沿線の木を伐採し、除雪に向けた職員配置の見直し、各駅への雪害用備蓄品の配備などを実施。さらに、事故を起こした東急電鉄も降雪時は運行本数を減らすなどの対策を行うことを表明している。これらの対策によって、昨冬のような豪雪でも鉄道の被害は最小限に抑えられるという。  しかし、専門家の中では、こうした対策の効果は限定的だという見方も少なくない。 「山梨県内などでは効果的でしょう。でも、東京の都市部では昨冬レベルの大雪が降れば大きな効果は期待しにくい。少なくとも通常に近い運行を続けることは不可能でしょう」(鉄道技術専門誌記者)  北海道や北陸などの豪雪地帯では、大雪が降ってもほとんどダイヤも乱れずに通常通りの運行を続けている。それなのになぜ首都圏では雪でダイヤが乱れるのか。豪雪地帯の例を引き合いに出して鉄道事業者の批判をする人も少なくない。 「そうした批判は首都圏の鉄道と豪雪地帯の鉄道の根本的な違いを理解していないんです。根本的な違いとは、運行の本数です。豪雪地帯はもともと列車の運行本数が極めて少なく、1時間に1本程度のところばかり。万が一ブレーキの効きが悪くなっても、駅に先行列車がいるような自体は考えられないので衝突の危険がない。一方、首都圏では通常は3分に1本のペースで走っているので、大雪でも通常通りの運転をすることに大きなリスクを伴うのです。そのため、大幅な間引き運転をせざるを得ません」(前出の記者)  さらに、降雪時に運行を止める原因になるポイントの凍結に関しても、首都圏と豪雪地帯では大きな違いがある。豪雪地帯は駅前後のわずかなポイントに融雪装置を設置すれば問題ないが、首都圏の場合は実に3900台ものポイントに対策を講じなければならない。また、複数の路線を跨って運行する路線も多く、ひとつのポイントの故障が影響を及ぼす範囲も広くなってしまうのだ。  JR北海道の関係者は言う。 「北海道では運行間隔が広いので、冬季はその間にラッセル車を走らせて除雪するなどの対策を行っています。もちろんポイントの融雪装置は最低限整備していますし、列車にも前方に積もった雪を排雪するスノプラウを設置している。いくら北海道といえども、豪雪時は車が使えなくなりますから、鉄道は住民にとって最後の足になります。鉄道の運行は、よほどのことがない限り止めることはできないため、万全の対策を取っているのです」  運行ダイヤが過密な首都圏では、もちろんラッセル車を走らせることは不可能。全ポイントに融雪装置を取り付けたり、車両にスノウプラウを取り付けるのも費用対効果を考えればなかなか難しい。昨冬クラスの大雪ならば、首都圏では大幅な間引き運転・徐行運転にせざるを得ないのだ。 「もうひとつ大きいのは、緊急時の乗客誘導の問題。雪で駅に入るポイントが故障した場合、駅間で立ち往生することになる。長時間に及んだ場合は乗客を徒歩で駅に誘導することが考えられますが、3000人近い雪に不慣れな都会の乗客を車掌と運転士のふたりだけで安全に誘導できる保証はありません。それに、複々線区間などでは他の列車の運行を止めなければこうした対応はできません」(前出の記者)  一方、豪雪地帯では万が一こうした自体になっても乗客は雪に慣れているし、そもそも人数も100人に満たない。単線区間がほとんどなので、隣の線路を走る列車を警戒する必要もない。  結局、安全を確実に担保するためには、列車を走らせないことがベストな選択ということになるのだ。実際に昨冬の雪でも通常に近い運行を続けた東急電鉄が事故を起こし、大きな批判にさらされた。それを考えれば、運行ダイヤが過密で利用者も多い首都圏では、どんなに対策を講じても通常通りの運行は不可能、というわけだ。 「ただ、それでも完全に運行を停止するようなことはしません。1時間に1本程度になっても運行は続けるはず。JR東日本は東日本大震災で運行再開に手間取って批判を受けたことが社内ではトラウマになっている。ですから、もし大雪が降ってもなんとか列車を走らせて、公共交通機関としての使命をまっとうする覚悟です」(JR東日本関係者)  昨冬レベルの大雪が降れば、ダイヤの大幅な乱れは避けられないだろう。しかし、それは公共交通機関として絶対的な使命である「安全」を守るためであることを忘れてはいけない。 <取材・文/境正雄(鉄道ジャーナリスト) 撮影/さちどん
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