北朝鮮の大陸間弾道ミサイル、届くのは「アラスカ」まで。それでも脅威な理由とは?

朝鮮中央テレビが放送した大陸間弾道ミサイル「火星14型」の写真 Image Credit: KCTV

北朝鮮がICBM”級”のミサイルを発射したのは初めてではない

 実のところ、北朝鮮がICBM“級”のミサイルを発射したのは、これが初めてではない。  北朝鮮は2012年に「銀河3号」ロケットを、2016年にその改良型とされる「光明星」ロケットを打ち上げ、小型の人工衛星を地球をまわる軌道に投入することに成功している(衛星そのものは故障したか、あるいはただの重りだったためか、機能していないようである)。人工衛星が打ち上げられるということは、米国に届くだけのミサイルも造れるということを示していた。  ただ、銀河3号も光明星も、地上に建設された固定式の発射台で、何日もかけて組み立てや整備をしなければ発射できない。つまり事前に、偵察衛星などで察知されやすく、また実際に察知されており、米軍がその気になれば先制攻撃もできた。したがって、性能はともかく、ミサイルとしては実用的ではないと見なされていた。  しかし同時に、米国まで届くミサイルの技術があることはたしかであり、このままではいつか名実ともにICBMと呼べる、つまり隠れて発射準備ができ、その兆候がつかまれにくい、移動式発射台から撃てるミサイルが開発できることは、誰の目から見ても明らかだった。  そしてその危惧が具現化したのが、今回の火星14型だった。

朝鮮中央テレビが放送した大陸間弾道ミサイル「火星14型」の写真 Image Credit: KCTV

着実に進歩する北朝鮮のミサイル技術

 もちろん、火星14型はまだ、米国の態度を一変させるほどの脅威ではないだろう。火星14型はたしかに移動式発射台から撃てるが、今回の発射の前に、弾道ミサイルを追跡できる米空軍の偵察機「コブラ・ボール」が日本から飛び立っていたことがわかっており、米国は事前に発射の兆候をつかんでいた可能性はある。  また、そもそも本土には届かないし、もし万が一、アラスカに向かって飛んできたとしても、アラスカにある米軍基地には「GMD」という迎撃ミサイルが配備されているので、何発も同時に飛来しない限りは対処することができる。(参照:『米国、大陸間弾道ミサイルの迎撃試験に初めて成功。米国本土を守る迎撃ミサイルの実力』)  しかし、火星12型や14型に使われているエンジンは、より推力の大きなエンジンにできる可能性ももっている(参照:『脅威増す北朝鮮のロケット技術――「新型ロケット・エンジン」の実力を読み解く』)。エンジンの性能が上がれば、米国本土に届くだけの性能をもったミサイルも開発できるかもしれない。  おまけに北朝鮮は並行して、固体推進剤を用いたミサイルの開発も行っている。固体推進剤は液体推進剤よりも、はるかにミサイルに適した特性をもっているため、火星14型よりも実戦的なICBMを開発できる可能性がある。実際、今年5月に開かれた軍事パレードでは、固体のICBMのように見える新型ミサイルが登場している(参照:『ハリボテか? それとも脅威か? 北朝鮮が披露した新型「大陸間弾道ミサイル」の正体』)。また2016年に試験に成功している潜水艦発射型の弾道ミサイル技術も進歩すれば、さらに厄介な問題となる(参照:『北朝鮮、潜水艦発射弾道ミサイルの発射に成功。大きな脅威となりうる技術習得の可能性も』)。  もっとも、実際に核ミサイルとして実戦配備するためには、ミサイルの射程だけでなく、ミサイルに積めるだけの小ささの核兵器の開発、そしてその核兵器を積み、大気圏への再突入に耐え、なおかつ狙った場所に正確に落とすことができる弾頭の開発が必要になる。  この小型核兵器と弾頭の2つの開発について、米国などは北朝鮮にはまだそれだけの技術はないと見ているようだが、ここ数年で驚異的な進歩をはたしたミサイル開発と同様に、それらを手にするのも時間の問題かもしれない。 <文/鳥嶋真也> とりしま・しんや●宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。 Webサイト: http://kosmograd.info/ Twitter: @Kosmograd_Info(https://twitter.com/Kosmograd_Info) 【参考】 ・防衛省・自衛隊:北朝鮮による弾道ミサイルの発射について(第2報)(http://www.mod.go.jp/j/press/news/2017/07/04b.html) ・U.S. Pacific Command detects, tracks North Korean missile launch > United States Forces Korea > Press Releases(http://www.usfk.mil/Media/Press-Releases/Article/1236848/us-pacific-command-detects-tracks-north-korean-missile-launch/) ・U.S. Condemns North Korean Missile Launch > U.S. DEPARTMENT OF DEFENSE > Article(https://www.defense.gov/News/Article/Article/1236993/us-condemns-north-korean-missile-launch/) ・North Korea Appears to Launch Missile with 6,700 km Range – Union of Concerned Scientists(http://allthingsnuclear.org/dwright/north-korea-appears-to-launch-missile-with-6700-km-range) ・What is True and Not True About North Korea’s Hwasong-14 ICBM: A Technical Evaluation | 38 North: Informed Analysis of North Korea(http://www.38north.org/2017/07/jschilling071017/
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。 Webサイト: КОСМОГРАД Twitter: @Kosmograd_Info
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