街頭演説でのヤジへの切り返しに定評のある山本太郎議員
有名な例を挙げてみよう。
菅直人元首相は2012年に衆院解散が決まった直後、有楽町で街頭演説を行った。そこで、今回の安倍首相同様「帰れ」コールばかりか、「売国奴!」「テロリスト!」という過激なヤジを受けている。
菅元首相は「みなさん、今いろいろと声(ヤジ)を出されているみなさんも含めて、私も含めて、あの東電福島原発で生み出された電気を使ってきたわけであります」と切り出し、当時の最大の政策課題であった原発政策についてとうとうと語った。
「政界瞬間湯沸かし器」「イラ菅」という異名を取る、短気で有名な菅元首相ですら激しいヤジにもブチ切れなかった。それは街頭での振る舞いこそが政治家としての最低限の器量を示すものだからだ。
ヤジに対する秀逸な切り返しで名を挙げたのは、山本太郎参院議員だろう。2015年、新宿アルタ前での「街頭記者会見」で、聴衆から飛んできた「議員なんか辞めろ!」というヤジに対して、動じることなく一瞬の機転で「ありがとうございます!そんなあなたのことも守りたい!」と返したのだ。役者出身だけあって、街頭演説の評価は高い。
このように、弁士の器量と機転が試される場こそ、街頭演説なのである。
新米政治家が観衆からのヤジに感情的なリアクションをしてしまうと、たいていは先輩議員から叱られる。「そういう人ほど大事にしろ」と言われるだろう。ましてや政治家のトップである首相が観衆のヤジにブチ切れるなど、あってはならないことである。
菅官房長官は7月3日の会見で、首相の発言は「極めて常識的だ」と断言した。7月5日には、「自民党はこういうこと(ヤジ)はしないという趣旨だったと思う」と“解説”してみせた。が、上記の菅元首相へのヤジグループに自民党支持者が入っていなかったと断言できる証拠はない。それは重々承知のことだろう。
菅氏自身も地方議員からの叩き上げで、選挙の厳しさをよく知っているはずである。あの発言を「常識的」だと本気で思っているとは考えにくい。首相をかばってのことだろうが、そのかばい方に仰天したのは野党の政治家だけではない。ある自民党議員は、こう頭をかかえる。
「安倍さんはこれまでも深く考えずに発言してしまうことが多くて、現場は本当に困惑しています。批判にどう対応するかが政治家の力量の見せどころなのに、あんな感情にまかせたブチ切れじゃ、もともとの支持者すら減らしてしまう。『安倍さんには街頭演説よりも、支持者の集会などで演説してもらったほうがいいのではないか?』なんて声も聞かれます」
その意味では、一番の被害者は自民党かもしれない。安倍首相は、候補者や弁士としては“失格”と言わざるを得ない。
<文/足立力也(コスタリカ研究者。著書に
『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める) 写真/横田一>