トランプ大統領が望む「任期中の有人月・火星飛行」――NASAの苦悩と希望

rumpmars05

国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士とテレビ電話で交信するトランプ大統領 Image Credit: NASA

これまでのやり方では不可能、民間企業を活用する「ウルトラC」

 実際のところ、2020年までの有人月飛行と、トランプ大統領の2期目(があるとして)の任期にあたる2025年1月までに有人火星飛行を行うことは可能かといえば、きわめて難しい。  前者に関しては、実現までの時間が少ないことが一番の問題である。予算を増やし、なおかつ多少のリスクを取ることを覚悟で臨めば不可能ではないが、その予算が与えられるかどうかの保証はない。  後者は次元の違う問題といってよいだろう。なにより火星への飛行において問題になるのは、その飛行時間と宇宙飛行士の安全である。火星に着陸せず、ただ行って帰ってくるだけでも年単位の時間がかかる。その間、宇宙飛行士は狭い宇宙船の中で生活しなければならず、さらに放射線(宇宙線)も浴びる。長期間の宇宙滞在で人体にどのような影響があるのか、あるいはそうした影響をどのように防ぐかといったことは、まだわからないことも多い。  ひとつだけ「ウルトラC」があるとすれば、スペースXの存在である。スペースXは昨年9月に、2020年代に火星移民を始めるという壮大な構想を明らかにした(参照:イーロン・マスクの「火星移住計画」の全貌が明らかに。2020年代には1人2000万円で火星に!?)。もちろん、現時点で予定どおり始まる保証も、そもそも本当に実現するかどうかの保証もないが、彼らの自己資金と、NASAの支援があれば、実現の可能性は出てくる。  有人月飛行においても、スペースXは2018年に自社のロケットと宇宙船で可能だと明らかにしている(参照:スペースX、2018年に2人の民間人を月へ打ち上げへ。その狙いとは?)。こちらも実現する可能性は低いが、NASAの協力があれば――少なくとも有人火星飛行よりは――可能性はある。さらに月の開発は、スペースXだけでなく、ジェフ・ベゾス氏率いるブルー・オリジンなど、他の企業もいくつかの提案を行っている。とくにブルー・オリジンは一番積極的で、単なる飛行ではなく、月への移住も画策しているとされる(参照:Amazonは宇宙をも支配するか?創業者ジェフ・ベゾスのロケットが目指す未来)。  トランプ大統領の真意が、自身のキャリアや2期目の大統領選に向けた話題作りであるとするなら、人が火星に行こうが月に行こうが、それほど大きく変わることはない。したがってNASAとしては、まず2020年代の有人火星飛行はどうやっても無理なので諦めてもらうとして、その代わりにトランプ大統領の在任中に、スペースXやブルー・オリジンなど民間企業も交えた上での有人月飛行や、あるいは月への移住を目指す(実施できるかはともかく、道筋をつける)というのが、現実的な回答となろう。  ただ、トランプ大統領がそれで納得するか、納得してもNASAの予算が増えるか、そしてそれを議会や産業界などが認めるかなど、ハードルはまだ多い。  また、独自の有人宇宙船をもっていない日本が、これからも有人宇宙開発を続けるためには、NASAとの協力が必要不可欠になる。そのため、今後トランプ政権の宇宙政策や、NASAの有人宇宙開発がどのような方針を取るかは、日本にとっても大きな問題である。
trumpmars06

スペースXが開発中の宇宙船「ドラゴン2」。民間企業のもつ人材と資金を合わせれば、トランプ大統領在任中の有人月飛行は不可能ではないかもしれない Image Credit: SpaceX

<文/鳥嶋真也> とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。 Webサイト: http://kosmograd.info/ Twitter: @Kosmograd_Info(https://twitter.com/Kosmograd_Info) 【参考】 ・NASA Astronaut Peggy Whitson Talks STEM Education with President Trump | NASA(https://www.nasa.gov/press-release/nasa-astronaut-peggy-whitson-talks-stem-education-with-president-trump) ・President Trump Calls Space Station Crew on Record-Setting Day – YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=5HMwKwWnV4k) ・Text – S.442 – 115th Congress (2017-2018): National Aeronautics and Space Administration Transition Authorization Act of 2017 | Congress.gov | Library of Congress(https://www.congress.gov/bill/115th-congress/senate-bill/442/text) ・Trump’s exuberance for Mars faces technical and fiscal challenges – SpaceNews.com(http://spacenews.com/trumps-exuberance-for-mars-faces-technical-and-fiscal-challenges/) ・President Trump calls International Space Station – Spaceflight Now(https://spaceflightnow.com/2017/04/24/president-trump-calls-international-space-station/
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。 Webサイト: КОСМОГРАД Twitter: @Kosmograd_Info
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会