タイで起業を思いついたある元バックパッカーの甘すぎる目論見

高田胤臣

郊外からバンコクを眺めるとビルが東京よりも密集しているように見える。それほど都会になっている

 タイは親日ということもあって日本人にとって暮らしやすい国だ。

 政情不安が10年も続いているにも関わらず年々日系企業も増えており、日本人にはいくらでも就職先はある。極端に言えばふらりと立ち寄って、英語もタイ語もできないまま暮らし始めることもできる。

 現地で就職したいわゆる現地採用者は海外でがんばろうというバイタリティーのある人が多く、少しの間雇われでタイ社会を勉強し、独立しようという人もいる。

 そんなバンコクで起業した30代の日本人男性に話を聞いた。

バックパッカー上がりで起業を目論んだが……

 タイへバックパッカーとして何度か再訪したのち、タイに夢を見て移住してきた森町雄介氏(仮名)34歳だ。彼は日本で旅行会社に勤め、タイで初めて飲食店に就職した。高級和食店で、調理師ではなくホールスタッフとしてだったが、タイ人が決して安くない金額を惜しみなく払っていくのを目の当たりにした。

「私が自分の城を持つには飲食関係が間違いないと思いました」

 彼はタイ人をターゲットにした日本料理店オープンに狙いを定めた。様々な思案と日本にいる友人に相談したのち、その友人実家の有名飲食店のフランチャイズ化を決めた。ところが。

「会社に辞表を出したあとに友人の父親から家業の味は門外不出と言われてしまい、白紙になってしまいました」

 驚くべきはフランチャイズ化はあくまでも森町氏と友人の間の口約束で、その店の大親分からノーを突きつけられたのだ。当たり前である。森町氏はそれほどビジネスの初歩も知らなかった。

 ここから森町氏は半年間の退職期限までに方向性を決定しなければならなくなった。飲食関連で開業することに固執した彼は急きょバンコクにある料理教室に通い、日本人講師による和食講座を受講。文字通りゼロからのスタートを目論んだ。

 しかし、これはとんでもなく無謀な試みだった。

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「怪しげな商売」でも成り立つ時代は終わった

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