――ツルモクみたいに、作者のサラリーマン体験に根差していて、しかも美しい青春として描けた漫画って、あんまりないんですよ。サラリーマンが主人公の漫画はあっても、ツルモクみたいな普遍的な青春賛歌という感じのものはない。
窪之内:いま漫画家を休んでいるのは、閉塞感があるからなんですよ。昔の漫画雑誌って、この漫画はこの作家にしか描けないだろうなという唯一無二のものが沢山あった。漫画を休んでいる自分が偉そうに言うのもなんですけど、今の青年誌をみていると、漫画家ではなく編集部発信だな、という漫画が非常に多くて。他の絵描きが描いたって同じだなという作品がたくさんあるんです。
――なるほど。
窪之内:「じゃあ漫画ってなんだろう」と考える時期があって。10年後、20年後にまた読みたいと思える漫画ってどんな漫画か。そんなときにネットを覗いてみると、漫画を含めていろんな面白い表現方法がたくさん出てきているな、と。自分ももっと柔軟に考えたほうがいいんじゃないかな、と。そう思って、いったん漫画を離れたんです。
――それでツイッターを始めたんですね。フォロワー数はもう20万人を超えてます。
窪之内:ツイッターを始めたころは、ツルモク読者のリプが凄く多くて、昔からのファンが中心だったんですけど、絵をアップしていくうちにフォロワーは徐々に増えていきました。最近アンケートを取ってみたら、フォロワーで一番多かったのが20代、次が10代。しかもほぼ女性だったんですよね。
――完全に新規ファンが開拓できているということですよね。
窪之内:今は僕のイラストを若い人たちが認知してくれて、ありがたいですね。漫画家さんって大半の人たちが、歳をとると読者も一緒に歳を取って、雑誌も年寄りの読む雑誌に移って、ファンがエスカレーター的に上がっていっちゃうんです。どんなクリエイティブな世界でもそうだと思うんですけど、僕はその環境が苦手で。ツイッターは、いろんな人に僕の絵を見てもらえるフリーな場所になっているので、すごく助かってます。
――もし窪之内先生が10代のころにツイッターがあったら、全然違うデビューの仕方をしていたのかもしれませんね。
窪之内:全然違ったでしょうね。いま漫画はちょっとお休みしてるんですけど、肩書は漫画家というところは崩してなくて。いつかはまた描きたいと思っているんです。でも、発表する場は漫画雑誌以外にも可能性はあるんじゃないか、もっと違う方法でも出来るんじゃないか、とは思います。例えば絵本とか。
――確かに絵本って、いまベストセラーがたくさん出たりして盛り上がっているジャンルです。
窪之内:絵本ってすごく表現が自由になんです。『バンド・デシネ』も、実は絵本ですからね。日本人って「漫画はこうだ」という思い込みがあるけれど、決められた型を崩せるのは絵本だと思うんです。漫画雑誌でそれをやっちゃうと、「あいつなにトンガってんだ」と言われたりする。でも絵本でやれば、みんな自由に読んでくれる。大人の読める絵本も増えているし、表現としたら絵本はいつか描きたいなと思いますね。
――普遍的なものを描きたい、という思いが一貫してるんですね。
窪之内:僕は、自分はサービス業だと思ってます。どうやって人を楽しませるかしか考えてない。見てる人を笑わせたり、ほっこりさせたりしたい。ツルモクを描いていた時も、いまイラストを描く時も、その気持ちは変わらない。エンタメですから。エンタメはサービス業ですよ。自分だけが美味いと思う料理を出すって、なんか違うなって。自分なりの味付けは絶対必要ですけど、出来るだけたくさんの人たちに美味しいと思ってもらいたい。年を取るごとにそう感じてる。
――より多くの人を楽しませたい、と。
窪之内:いまは王道だといわれるビートルズやスーパーマリオ、宮崎駿さんだって、出てきた当時はカウンターでありイノベーターであり異端だった。でも大衆から支持されたことでスタンダードになり、クラシックになった。そういうものが作れる人ってむちゃくちゃカッコいい。ミーハーに迎合するという意味ではなく、自分の世界を守りながらキャッチーでポップで大衆的、というのが一番いばらの道で難しい。サブカルになるより遥かに難しい。一部の人たちに評価されるだけで勘違いしちゃう人もいる。でも僕は出来るだけたくさんの人に見てもらいたい。
――「大衆的」という部分って、ある意味でサラリーマンと通じるものがあるかもしれませんね。
窪之内:考え方によっては、日本人って、意識が総サラリーマンなんですよね。僕も長くフリーランスをやってますけど、でもどこかで「自分は感覚的にサラリーマンだな」って思いますよ。個人主義ではなく、なにかに帰属しながら協調して、身を粉にして働くっていう感覚は、フリーランスをやっていてもそんなに変わりはないと思いますね。日本人の気質だと思うんですけど。気持ち的には日本人はサラリーマンなんだと思います。
(c)窪之内英策/小学館
<取材・文/真実一郎(
@shinjitsuichiro)>
窪之内英策氏
【窪之内英策】
‘66年、高知県生まれ。マンガ家、イラストレーター。『週刊少年サンデー』「OKAPPIKI EIJI」でデビュー。代表作に『ツルモク独身寮』『ワタナベ』『ショコラ』などがある。ツイッターアカウントは
@EISAKUSAKU