指示待ちタイプにプライド先行型。頼りない若手を一人立ちさせるには?

新人 若手がなかなか育たない……。そんな悩みを抱える職場は少なくない。“指示待ち”タイプも困るが、プライドばかり高くて実力が伴わないのも厄介。仕事がおぼつかない部下や後輩を一人立ちさせるには、どうすべきか。  今回は『五二屋傳蔵』(山本一力著/朝日新聞出版)から打開策を探りたい。  タイトルにある「五二屋」は質屋を指す符丁(五と二を足すと「七(しち)」になる)。本作の舞台は江戸深川にある老舗質屋「伊勢屋」。生活に困窮した母子、盗品を持ち込む輩、強盗一味まで、さまざまな人々が店を訪れる。主人公・傳藏は伊勢屋の八代目当主。持ち前の鋭い勘と行動力で、降りかかる難題を次々に解決していく。

「どれほど気立ても器量もよくても、ツキのないひとを雇うことはできません」

 伊勢屋の番頭が懇意にする料亭「折鶴」。女将は数多くの奉公人を雇ってきた。雇い入れた後、ためらいなく暇を出した相手には、ある共通点があるという。「どれほど気立ても器量もよくても、ツキのないひとを雇うことはできません」と、女将は語る。  料亭は景気の良し悪しの影響を受けやすい商売のひとつだ。景気が悪くなれば客足も鈍る。人気が傾けば、屋台骨も揺らぐ。ビジネスの要となる能力は、仕事の数だけある。打たれ強さに愛嬌、探究心……etc。まずは最重要スキルを絞り込み、徹底して磨きをかける。その取捨選択が“頼りない若手”を次のステージに引き上げる。

「おまんまを戴くときに、泣いたりするのは縁起に障るからね」

 母親と別れ、伊勢屋で丁稚小僧として働き始めた亀次。昼食の席で気がゆるんだのか、涙が止まらなくなる。母親代わりの女中・おひでは「おまんまを戴くときに、泣いたりするのは縁起に障るからね」と咎める。さらに、 “泣きたいなら庭に出て泣け”と叱った。 「縁起」とは仏教用語で「因縁によって万物が生じ起こること」を指す。いわば、因課論である。食事中に泣く者がいれば、周囲も気が気ではない。食事がおろそかになれば、仕事に支障をきたす恐れもある。だからこその“庭に出て泣け”発言なのだ。冷たく突き放しているようでいて、丁稚小僧としてあるべき振る舞いを教える発言でもある。

「しくじらねえためと言うと、みんなのあたまにはしくじりが浮かびやす」

 伊勢屋への押し込みを目前に控えた盗賊一味。リーダー格の男が「しくじらねえためには……」と話を始めるようと、仲間の一人が割って入る。曰く「しくじらねえためと言うと、みんなのあたまにはしくじりが浮かびやす」。“上首尾に成し遂げるために”と言い換えてほしいと懇願する。  ネガティブな物言いは“呪い”に他ならない。同じ指摘も、ポジティブな言い回しを選べば、伝わり方は如実に変わる。士気を高く保つ努力は、おのずとチームの成果につながるものだ。 「若手が育たない」という嘆きには“自分は悪くない”という自己弁護が潜んでいる。どんなに頼りない若手にも、適材適所はある。そう信じるのも“教育係”の仕事のうちだ。本気で相手を見込んで、仕事を頼む。その覚悟がお互いを育てる。 <文/島影真奈美> ―【仕事に効く時代小説】『五二屋傳蔵』(山本一力著/朝日新聞出版)― <プロフィール> しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
五二屋傳蔵

謎と興奮と人情に満ちた長編時代小説!