ここで確実なこととして注目して頂きたいことは、お客様が愛想笑いをしていた、ということです。
私たちは、クレームを無表情や怒り表情で言いに来られるお客様の方を優先課題として重視する傾向にあります。なぜなら、明らかにお怒りで、怖いからです。
しかし、優先課題のレベルとしては、怒りを押し殺した愛想笑いのお客様も同じです。というのも、愛想笑いというのはエネルギーのいる行為だからです。怒りを込めたお客様が愛想笑いでクレームを言いに来られたということは、怒っているのにスタッフさんに気を使っているという状態です。二重の意味で、本当は丁重に接客しなくてはならない存在なのです(※2)。
さらに可能性として、このときお客様の顔には怒りの微表情が生じていたと考えられます。
微表情とは抑制された感情が一瞬だけ表情に表れては消え去る微細な顔の動きです。お客様の「笑顔」の隙間に一瞬、怒りが漏れ出ていた可能性があるのです。これまでの私の経験に基づいた見解としては、クレームを言いに来られるお客様の表情は、一見、笑顔なのですが、よく観ると、怒り、悲しみ、嫌悪、恥の微表情を浮かべる傾向があります。
もしこのときスタッフさんが、お客様のネガティブな感情が込められた「笑顔」を正しく察知することができていれば、お客様の不満を正しく認識し、相応の対応を迅速に取ることができた可能性があります。そうすれば、お客様が大激怒することもなく、本店への大クレームに発展することもなかったでしょう。
ときにお客様の本心は、お客様の言葉ではなく微表情に表れます。このようなお客様の微妙な表情変化にベテランのスタッフさんは、敏感に気づき、それに配慮した接客を心がけることが可能なようです。しかし、ベテランスタッフさんのこうした名人芸を新人スタッフさんが体得するには何年もかかってしまいます。そこで科学の出番です。微表情の科学を通じて、お客様の本心を「見える化」し、それにあった接客を目指します。何年もかかって体得する名人芸をスキル化することで、その体得期間を短縮化できるのです。
「微表情からお客様の本心を察し、サービスの質を上げる。」
新しいクレーム対応法の一つとしていかがでしょうか。
問題の解答・解説
A:怒り…眉間にしわが生じています。これは怒りのサインです。
B:嫌悪…鼻にしわが表れています。これは嫌悪のサインです。
C:悲しみ…眉がハノ字になっています。これは悲しみのサインです。
D:軽蔑…片方の口角が引き上げられています。これは軽蔑のサインです。
<文/清水建二>
※1実話を基に構成していますが、個人や企業名が特定されないように話を変更・脚色しています。
※2ある研究から、私たちアジア人は欧米人に比べ、サービス業のスタッフさんにクレームを言うときに、本当はネガティブな感情であっても「笑顔」でクレームを言う傾向にあることがわかっています。
執筆者プロフィール
清水建二(しみずけんじ)
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役
1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でコミュニケーション学を学ぶ。学際情報学修士。 日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Cording System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、日本ではまだ浸透していない微表情・表情の魅力、実用例を広めるべく企業コンサルタント、微表情商品開発、セミナー等の活動をしている。著書に『0.2秒 微表情を見抜く技術』飛鳥新社(2016年7月22日発売予定)がある。