そもそも今回の選挙では、投票前からカーン氏が当選するとの見方が圧倒的だった。候補者が発表された直後の2015年11月に行われたYouGovによる世論調査(*
1※pdf)では、カーン氏がゴールドスミス氏を僅差でリードしていたものの、投票の近づく2016年4月に行われたYouGovおよびSurvationによる調査(*
2※pdf、*
3)では、その差は20ポイントにまで開いている。実際、ロンドン在住の筆者の周りでも、4月には誰もがカーン氏の当選をほぼ確実視していた。そして蓋を開ければ、2000年に始まったロンドン市長選史上最多となる1,310,143票を獲得したカーン氏が圧勝。選挙戦が進む間にこれほど支持率に差が開いたのは、ゴールドスミス氏の選挙キャンペーンの戦略に問題があったためと言われている。
カーン氏はイスラム教徒であることを公言してはいたが、選挙キャンペーン開始当初はそれを大きく喧伝はしていなかった。むしろ、彼がパキスタン系の移民2世であり、バス運転手の息子として低所得層が多く住む公営住宅で育ったという生い立ちに焦点を置いて、庶民派をアピールしていた。それに対しゴールドスミス氏は、非常に裕福な家庭で育ち、名門イートン校出身という自身の背景が庶民の共感を得にくいこともあってか、カーン氏への対抗策として彼がイスラム教徒であることを攻撃するキャンペーンを展開。
カーン氏がイスラム過激派と繋がりを持っていると主張するほか、パキスタンと対立することの多いインドからの移民などに向けても、カーン氏へのネガティブキャンペーンを繰り返した。カーン氏陣営は、それを人種差別的かつ分離的なキャンペーンだとして批判し、カーン氏が全てのロンドン市民のための市長になることをアピール。カーン氏の宗教観についても、穏健派のイスラム教徒であることを強調し、ヒンドゥー教の寺院やユダヤ系のシナゴーグを訪ねるなど、他の宗教や無宗教にも理解のある姿勢を明確に打ち出した。皮肉なことに、ゴールドスミス氏の陣営がカーン氏への攻撃を繰り返すほどに、カーン氏の中道的な姿勢が市民の目に入るようになってしまったのだ。