郵便局にはびこる「自爆営業」 自腹10万円は当たり前

郵便局「自爆営業」をご存じだろうか?  日本郵便で生まれた言葉で、ノルマ達成のために日本郵便の社員が、年賀状などを金券ショップに持ち込み、安く売った分の差額に自腹を切る行為をいう。驚くのは、一部のブラック郵便局のブラック上司の下で働く社員が……ではなく、約25万人もいる日本郵便の社員の多くが、年賀状販売開始の11月1日からいっせいに自爆するという事実だ。私は実態を取材し続け、2014年5月に『自爆営業』(ポプラ社刊・780円税別)を上梓した。その一部をここに紹介したい。  私は、数年前の11月1日、その一人Aさんの自爆営業に同行した。ノルマは7000枚。だが、一度に全部を金券ショップに売れば、自爆営業を表向きは禁止している会社にばれてしまうので、小出しで売る。彼はその日「親戚に売ってくる」とウソをついて、1000枚の年賀状を局から預かり、一枚43円でショップに売った。4万3000円を手にしたが、局には5万円を納めるので7000円の自爆。これが7000枚だと約5万円の自爆となる。  その2週間後、中部地方からBさんが自爆するために上京した。地方都市では金券ショップが少ないので、人目についてすぐにばれるからだ。しかも足元を見られて1枚35円でしか売れない。だから、鈍行列車を使って、東京で1枚43円で売った方がまだ損が少ないのだという。  社員たちは、さらに、年賀状より売るのが難しい「かもめーる」や「ふるさと小包便」も自爆する。小包便はカタログ販売なのでショップに持ち込めないから、全額自爆となる。しかも、最安でも1000円だから「年90個のノルマだとそれだけで9万円の自爆。でも同じものばかりだと自爆がばれるから、高いものも織り交ぜる」(Bさん)となる。  なんだかんだで、日本郵便の社員の多くは、1年で10万円単位の自爆をしているのだ。  はた目には、「そんな無茶なノルマは断ればいいのに」と思うが、当人たちにすれば、ノルマ未達成だと、上司の恫喝が待ち、昇進(非正規から正規など)や昇給のストップがちらつかされ、はたまた、ビール瓶をひっくり返した「お立ち台」に「こういう恥ずかしい社員がいる」と立たされて、全社員の前で「皆様の足を引っ張り申し訳ありません」と詫びを言わせられる。  また、最近では、個人ノルマに加え、数人で構成する「班」にもノルマがある。売り上げが悪い班は、全社員の見ている前で、お客さん役と郵便屋さん役に分かれての販売ロールプレイをやらされるところもある。この「学芸会」は屈辱である。  自爆営業のある現場には、必ず、パワハラや長時間サービス残業もある。1997年度、郵便現場では、236人が精神疾患により休職し、44人が自殺した。民営化された2007年度には、精神疾患者は788人に激増(これ以降、会社は精神疾患者数も自殺者数も公表していない)。自殺者は延べ数百人にも及ぶが、このなかに自爆営業を苦にしての自殺があったのかは定かではない。  しかし、2010年。精神疾患で何度も休職していたAさんは、抗うつ薬を服薬しながら配達員として勤務していたが、年賀状のノルマとお歳暮の配達で1年で忙しさのピークを迎える12月上旬に突然飛び降り自殺した。その数日前には自ら精神科を受診して、医師には休職を促されていたのに、班のメンバーが二人辞めたばかりなので、ここで自分が抜けられないと仕事を続けたのだ。だが、数日後に、亡くなった。  汚いのが、職場が遺族に対して、その死亡を巡る書類において「『労災ではない』の項目に○をしてください」と、労災扱いしなかったことだ。考える余裕もないまま○をしてしまった遺族は、2013年末、「やはりおかしい。労働環境が問題だ」と職場を提訴。裁判は始まったばかりだが、どれくらいの年賀状販売のノルマがあったのかも争点の一つになるそうだ。  しかし、自爆営業で辛い目に遭うのは下っ端だけではなく、むしろ「年賀状は何枚売ったんだあ!」と恫喝する管理職だ。ノルマは、個人や班だけではなく、局全体にもかけられている。ノルマに達しない局の幹部は、日本郵便の支社などに呼び出しをくらいお咎めを食らう。  だから、管理職は、数万円どころか、年賀状だけで10万円単位の自爆をしている。印刷されたばかりの年賀状は4000枚入りのダンボールに納められているが、管理職はこのダンボールごと自爆する。  ただし、そんな大きなものを堂々とショップには持ち込めないので、11月1日になる前に密かに何箱かを宅配便で送るのだ。ノルマ未達成だと、管理職は人事評価で低評価を受け、給与が大激減する。年賀状だけが評価の基準ではないものの、ある管理職は年収が一気に100万円も下がった。だから、数十万円もの自爆を選んだ方がまだましだ。 <取材・文/樫田秀樹> ⇒後編『【牛乳配達会社】自爆営業で、手取りが月11万円に…』に続く 【樫田秀樹】 (かしだ ひでき)1959年、北海道生まれ。マスコミが扱わない環境問題や社会問題などを取材。ハンセン病を描いたルポ「雲外蒼天」で第一回週刊金曜日ルポルタージュ大賞報告文学賞を受賞。最新刊『自爆営業』(ポプラ社)が発売中
かしだひでき●Twitter ID:@kashidahideki。フリージャーナリスト。社会問題や環境問題、リニア中央新幹線などを精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)で2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。
自爆営業

各業界に広がる「自腹でノルマ」の恐るべき実態と対策を初めて暴く!