小保方氏の検証実験参加で再び話題のSTAP細胞。その裏にある特許をめぐる攻防
ねつ造・改ざんを指摘されたかと思えば、今度は不正を指摘した調査委員会メンバーの過去の論文にも画像加工の疑いが生じて調査委員長が辞任……。ノーベル賞を受賞した山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所所長が2000年に発表した論文まで画像の切り貼りが疑われるなど、負の連鎖を巻き起こした小保方晴子氏のSTAP問題。理研はSTAP細胞の有無を検証するための実験に小保方晴子研究ユニットリーダーを参加せることになり、再び賛否の声が飛び交っている。
だが、理研にとっては、そんな悠長に構えていられない現実もある。ズバリ、特許の行方だ。すでに報じられているが、“STAP特許”そのものは論文が発表される以前の2012年4月24日に国際特許として出願されている。出願者は、論文の共著者でもあるチャールズ・バカンティ教授が所属するブリガム・アンド・ウィメンズ病院(ハーバード大系)と、理研、そして東京女子医大の3者。小保方氏はその特許の発明者として、バカンティ教授ら論文の共著者と共に名を連ねているのだ。
2年以上前にSTAP細胞はできていたのか!? と驚く向きもあるかもしれないが、このように論文発表前に特許を出願しておくのは定石だ。山中氏のiPS論文も、科学誌『Cell』で発表されたのは2006年8月25日だが、特許出願(国内)はその半年以上前の2005年12月13日に行われていたのだ(その後、2006年12月6日に国際特許出願)。
その点、“チーム小保方”も定石通り、先に特許を出願していたわけだが、ここでねつ造・改ざん問題が浮上。当然、STAP細胞が再現できないことが明らかになり、論文撤回を余儀なくされれば特許出願が却下される可能性は高くなるだろう。だが、実は今、「再現できた」としても失効してしまう可能性が高まっているのだ。工藤一郎国際特許事務所の工藤一郎所長が解説する。
「今回のSTAP特許はアメリカのエージェントを介して、WIPO(世界知的所有権機関)が管理する条約にのっとって国際出願として出願されていますが、このWIPOは知的財産の保護を目的とした国際連合の専門機関という位置づけ。特許として権利が成立するには各国の特許機関で承認されないといけないのです。そのためには優先日(出願日とほぼ同意)から30か月以内に“翻訳版”を各国の特許機関に提出しないといけない。そう考えると、2012年4月から30か月ですから、今年の10月までに翻訳版を作り上げなくてはならないのですが、検証委員会は1年かけて調査を行うと言っています。もちろん、Nature論文と特許は法的に連動しているわけではないので、論文は撤回するけど特許は撤回しない……という方法を取ることもできますが、出願人の1人である理研が検証できていない段階で翻訳版を用意するとは考えにくく、特許が無効になってしまう可能性が高そうです」
理研広報担当者によれば、「特許の申請を取り下げるか否かを含めて検討中だが、現時点では日本語のものも含めて翻訳文を用意していない」とのこと。もちろん5か月もあれば、翻訳版を用意することは可能だろうが、ほかにも特許成立を妨げそうな材料がある。
「出願中の特許明細書にも、理研が『ねつ造・改ざん』と認定した画像が使用されています。特許の記載内容に関しては、『明らかな誤記』ないし『不明瞭な記載の釈明』以外には修正が許されないケースがほとんど。明らかな誤記というのは、例えばあるパラグラフでは『多機能性細胞』と書いてあるのに、別のバラグラフでは同一物について『機能性細胞』などと書いている場合です。不明瞭な記載の釈明というのは、文字通り、不明瞭な解説に関してよりわかりやすい解説を加えることですが、理研がねつ造・改ざんと認定した画像を正しいものに差し替えることがこれらに該当するかといえば、難しいでしょう。WIPOが差し替えを拒否しても、各国の特許機関はOKしてくれる場合もありますので、判断の難しい問題ではありますが……」(工藤氏)
すなわち、1年かけて検証などしていたら、まず特許の成立は絶望的ということになる。ただし、このSTAP特許の行方を調査してみると、さらに興味深い事実も浮かび上がってくる。1つは特許の数。「Obokata Haruko」で検索してみると、出願されている特許は3つだけ。2013年3月13日と2013年4月24日に出願された特許と、その“バージョンアップ版”である件のSTAP特許だけなのだ。
「山中教授が生み出したiPS細胞に関連する特許は日本国内で権利化済みのもので15件、権利化に向けて日本国内で審査されている最中のものは公開済みのものだけでも少なくとも41件あります。山中教授は2002年からコンスタントに大学からの特許出願を重ね、論文を発表して以降の2008年から2009年にかけては年間6~7件のペースで出願しています。そう考えると、iPS細胞を上回るほど画期的な万能細胞などと報じられたSTAP細胞に関する特許の出願件数が、実質的に1件だけというのは少なすぎます」(工藤所長)
特許出願後には、特許の内容を調査する国際調査機関により、「国際調査報告」が作成されるのだが、ここでは奇妙な“工作”が見られるという。
「国際調査報告というのは、言ってみれば『お試し』です。ちょっと調べてみたら、こんな公開済みの技術とバッティングしてましたよ、ということを報告し、各国の特許機関が特許として権利化するか否かの判断材料にしてもらうわけです。そのSTAP特許の調査報告書を見てみると、類似技術は公開されていないと判断された『A』評価の項目は全74の請求項のうち、32項だけ。そのほかは特許として成立しないという判断の『X』評価、ないし他の文献に類似記載が認められたら特許して成立しない可能性があるという判断の『Y』評価。全体としては『新規性に欠ける』という判断で、その根拠となっているのは東北大学の出澤真理教授が発明し、日本では権利化済みの『ミューズ細胞』に関する公開技術だ、と報告されているわけです。ミューズ細胞に関する公開技術文献にはSTAP細胞のように、ある刺激を加えて万能細胞を作り出す技術が記載されています」(同)
あくまで“お試し”なので、「X」評価の項目が各国の特許機関では特許として成立するなど、判定結果が覆ることもザラにあるようだが、それでも32項が『A』という評価は気になるところ。というのも、調査機関に問題がありそうなのだ。
「一般に日本の特許庁を窓口として国際特許出願した場合には主に日本の調査機関が国際調査報告を実施するのですが、アメリカで出願した場合には、どの国の調査機関に調査してもらうか、複数国のなかから出願者自身が選べるようになっているのです。通常は、アメリカ、ないしヨーロッパの調査機関などを利用するものなのですが、今回のSTAP特許はなぜかロシアの調査機関を指名しているんですよね……。画期的な発明に関する特許の調査をロシアにお願いするというケースは私の知る限り見当たりません。」
深読みすれば、調査力の低さを前提に、都合の良い「甘い評価」を勝ち取ろうと目論んでロシアを指名した可能性があるということ。理研広報部は「アメリカのエージェントに依頼した結果であって、深い意味はない」というが、果たしていかに? 工藤所長曰く「STAP細胞が存在、特許として成立するなら1兆円単位の大きなビジネスの芽となる大きな特許」なだけに、その行方にも注目しておきたい。 <取材・文/池垣完>
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