「絶好のチャンスか?落とし穴か?」微妙な案件にいかに判断を下すべきか?
2016.01.26
チャンスともリスクともつかない案件への対処は難しい。条件がいいように見える反面、どこかふわふわと地に足がつかないような印象がつきまとい、どうにも判別がつけられない案件を目の前にして、ビジネスパーソンはどう振る舞うべきなのか。
今回は僧侶から殺し屋の世界に身を投じた若者の半生を描いた時代小説『闇は知っている』(池波正太郎・新潮文庫)から対応策を探りたい。本作の主人公・山崎小五郎は痴話喧嘩をきっかけに寺を飛び出し、流されるままに裏稼業に足を踏み入れる。
主人公・小五郎は浪人・弥兵衛に誘われるままに、殺し屋として働き始める。莫大な報酬を得るが、すぐ使い果たしてしまう。弥兵衛は平然と「殺しで得た金は、真の金ではねえのだよ」と語る。さらに「汗水たらして稼いだ金でねえと、残りはしねえ」とも言う。
不確実な案件を見極める際、指針になるのは自分が”汗水たらして稼ぐ”ものかどうか、だ。自ら手を動かし、知恵を絞る内容ならば、たとえ案件がとん挫しても、経験が残る。「何もしなくていい」などという夢物語のような誘い文句にうっとりしている場合ではない。その案件の先に残るものにだけ目を凝らす。すると、決断も下しやすくなるはずだ。
浪人・弥兵衛は暗殺に失敗し、命を落とす。そして、同じ依頼が小五郎に持ち込まれる。だが、古くからつきあいのある香具師の元締・嘉兵衛は小五郎に「手に負えねえ仕事だとおもったら、きっぱりことわってもらいたい」と耳打ちする。
“手に負えるのか否か”を測るには、情報収集が必要だ。案件のなかで果たすべき役割を見極め、成功の可能性を考える。判断はその後の話である。成功率が3割でも一歩踏み出すべき場面もあるだろう。7割超でも撤退したほうがいい場面もあるかもしれない。いずれにしても、より多くの材料をそろえてこそ正しい判断が可能となる。
浪人・弥兵衛は「一太刀に仕留め得ぬときは、逃げるべし」と書かれた手紙を残し、姿を消す。小五郎の力量を考えると、最初の一太刀が勝負。仕損じれば、返り討ちに遭うリスクが格段に高まることをズバリ指摘する。
情報が整理しきれない状態で、案件に取り組むのは戦局を誤る原因となる。例えば、損を取り戻したいという意識は目を曇らせる。最初の一歩を踏み出す前に、まずは退路を確保する。視界をクリアに保つ姿勢がいずれ勝敗を分けるのだ。
“火中の栗”が甘いか、苦いかは拾った者にしかわからない。火傷を覚悟で掴むにしろ、傍観するにしろ、自分なりの指針を定めるのが重要だ。他人のせいにした瞬間から、選択を誤り続ける泥沼に足を踏み入れることとなる。<文/島影真奈美>
―【仕事に効く時代小説】『闇は知っている』(池波正太郎・新潮文庫)―
<プロフィール>
しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
「汗水たらして稼いだ金でねえと、残りはしねえ」
「手に負えねえ仕事だとおもったら、きっぱりことわってもらいたい」
「一太刀に仕留め得ぬときは、逃げるべし」
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