激動のキューバに渦巻く熱狂と喧騒、そして不安と感傷

カストロ元議長の顔が描かれたビル

国家の中枢機関が集まる革命広場にはカミーロ・シエンフエゴス司令官の顔が描かれたビルが

 2015年7月にアメリカと54年ぶりに国交を回復することが決まったキューバ。  カリブ海の真珠と呼ばれるこの国は、まだ「完全な国交正常化」までは長い道のりではあるが、激動の時代を迎えている。  変わりつつあるキューバはどうなっているのか? 現地からのリポート、第二回。 ※第一回「現代の開国なのか? 激動のキューバを行く」

「政治について語るのが好きだ」と言ったホセ

 キューバは社会主義国なので言論の自由がなく国民は言いたいことも言えないと何かの記事で読んだことがあるか、かつてはどうか知らないが少なくとも今は、そんな印象はまったく持たなかった。ハバナの人たちは公園に集まって話をするのが好きで、旧市街の中心部にあるパルケ・セントラル(セントラルパーク)には常に大勢の人がいた。  そこで知り合ったイラストレーターの仕事をしているというホセは「僕は政治について語るのが好きだ」と言った。国や政治には批判的な意見を持っていたが、それを明るく、ユーモアのある言い回しで語る。日本に興味があり、日本の新聞をわざわざ取り寄せたこともあると話し、「早くアメリカと完全に国交正常化してほしいし、海外旅行にも行けるようにしてほしい。日本に行ってみたい」  と言った。キューバでは、一般の人が国外に出ることはまだ難しいのだ。  パルケ・セントラルで知り合ったパン屋をしているというアントニオも、海外への興味は強いようだった。彼は8人兄弟で、自分以外の兄弟は全員が医者になり研究や研修などで海外に渡り、イギリスやフランスなど住んでいる国も全員違うという。兄弟の1人は福岡に住み、日本人女性と結婚していると言った。  そんな家庭環境であるため、彼は兄弟から海外の話をよく聞いて知っているようで、日本のことにも詳しかった。「僕だけキューバを出たことがない。僕の仕事は、パンを作って学校に納品することだからね」と言って苦笑いを浮かべたのを見て、兄弟を通じて見聞が広がっているだけに複雑な思いもあるのだろうということは察することができたが、その心のひだの、繊細な部分までは、やはり想像も及ばなかった。

スマホが次第に普及し、Wi-Fiアクセス可能な場所に人が集う

 パルケ・セントラルには、キューバ文化ならではの「エスクイナ・カリエンテ(Esquina Caliente)」という場所がある。英語でいうと「ホット・コーナー(Hot Corner)」。スポーツ、特に野球好きの人たちがここに集い、激しく野球談議を交わすことで有名な場所だ。野球が国技のこの国では、とにかく誰かと会話すると必ずといっていいくらい野球の話題が出てくるが、ここに集まった人たちが野球に関して意見を言い合う様は驚くほど熱い。  しかしその名物エスクイナ・カリエンテも最近は集まる人が減っているようだ。理由の一つは、インターネットの存在があるのかもしれないと思う。ネット環境がほとんどないと書いたが、多くのホテルが立ち並ぶハバナの旧市街には、WI-FIを含めてネットが利用できる高級ホテルが2軒あった。端末が合わないためか結局、私はWI-FIが使えなかったが、ハバナ市民の間でも新しいもの好きや最先端のビジネスに従事しているような一部の人たちはスマホを持ち、WI-FIを使っていた。パルケ・セントラルの西側にある商店街の中の公園付近にWI-FIがアクセス可能な場所があり、スマホを持っている人はそこに集まりひたすら端末の画面を見ていた。そんな風景を見ると、やはりキューバに新しい波がきているのだとわかる。

旧市街で始まっている高級ホテル建設

 パルケ・セントラルの周辺を見ても、それは歴然だった。旧市街は工事や建設のラッシュで、公園近くには新しい高級ホテルが2軒、まさに建設が始まったばかりだった。現在ある大型ホテルの1つパルケ・セントラル・ホテルのロビーやラウンジに行ってみると、そこはビジネスで訪れている人々であふれ返り、活気に満ちていた。歯切れのいいアメリカ英語を話すスーツ姿の女性が会話をしながらロビー内を通り過ぎていく。ハバナに滞在中、出会った観光旅行者は例外なくヨーロッパかカナダから来ている人々だったが、ビジネスで来ているのはほとんどが米国人のようだった。経済封鎖期間も米国以外とは国交があったが、キューバという国を左右するのはやはり米国なのだ。  劇的な変貌を遂げようとしているこの国で今起こっていることは「現代の開国」なのかもしれない。黒船が来航したあの開国とはもちろんまったく違うものだが、ハバナの街を歩いていると、国が大きく動く前の熱気と喧騒と、そして人々の不安や感傷まで肌で感じられた。開国のときというのは、きっとこれに似た空気だったのではないだろうか。

変化を期待する人々と、消えゆく町並みを見に来る観光客と

 ハバナには今、観光客が激増しているという。キューバが完全に変貌してしまう前に訪れておきたいという人が多いのだろう。イタリアから来ているという女性旅行者に「どうしてキューバに来たのですか」と聞いてみた。 「この国のパッションを感じたかったから」  彼女はそう言った。17世紀のスペイン領時代の贅を極めた建造物が今も数多く残る古都の面影を持ち、音楽とダンスを愛する陽気な現地の人々のエネルギーを感じるキューバという国は、旅行者の憧れの地だ。それがどう変わっていくのか、世界中が注目している。  4泊5日のハバナの旅を終えメキシコ経由で米国に戻る際、乗り継ぎでメキシコシティ国際空港に降り立った。スマホの機内モードを解除しWI-FI機能をオンにしたときに起こったことには、笑うしかなかった。70通を超えるメールの受信が瞬時に行われ、アプリの更新が次々と始まったのだ。メールアプリを開き、それを次々と削除していくだけでも結構な時間がかかる。届いたメールのほとんどが、メルマガや買い物サイトの宣伝だった。  現実に戻ると、もう一度ハバナに戻りたくなる。まったく違う環境や文化の中で、滞在中は困難やトラブルもいくつかあったが、それを差し引いても、できれば完全に変わってしまう前に、また行きたくなる地だった。 ⇒【画像】はコチラ http://hbol.jp/74546/cuba11 ※公開当初、冒頭の画像のキャプションで「国家の中枢機関が集まる革命広場にはカストロ元議長の顔が描かれたビルが」とありましたが、正しくはカミーロ・シエンフエゴス司令官でした。お詫びして訂正いたします <取材・文/水次祥子>
みずつぎしょうこ●ニューヨーク大学でジャーナリズムを学び、現在もニューヨークを拠点に取材執筆活動を行う。主な著書に『格下婚のススメ』(CCCメディアハウス)、『シンデレラは40歳。~アラフォー世代の結婚の選択~』(扶桑社文庫)、『野茂、イチローはメジャーで何を見たか』(アドレナライズ)など。(「水次祥子official site」) Twitter ID:@mizutsugi