photo by Jonathan Alvarez C (CC BY-SA 3.0)
今月6日に行なわれたベネズエラの一院制議会選挙で野党連合が過半数の議席を獲得した。17年続いたボリバル社会主義革命に終止符を打つ第一歩の始まりとなりそうだ。
定員167議席のところ、野党連合は107議席を獲得し、与党の統一社会党は55議席。残り5議席がまだ確定していないが、今後のマドゥロ大統領の政権維持は非常に難しいものになるのは確かだ。チャベスそしてマドゥロと続いた政権で恩恵を受けてきた軍部もクーデターは敢行せず、今回の選挙結果を素直に受け入れる様子だ。
軍人出身のチャベス前大統領が反米を掲げて始めたボリバル社会主義革命は17年経過した今、〈国は200%以上のハイパーインフレ、物資の90%は品不足、今年も既にGDPは10%後退、原油の採油能力も後退、49%の家庭は極貧、病院のベッドは1000人に平均僅か1台、世界腐敗度ランキングで160位、人権侵害の頻繁なる横行、世界報道自由度ランキング116位、世界治安度ランキング141位で、その後位にはイエメン、リビア、パキスタンが続くだけだ。暴行殺人は10万人にあたり53.7人が殺害されている〉という。この全ての悲劇がボリバル革命の結果なのである。そして、遂に国民からの反動が今回の総選挙で一挙に表に出たという形だ。
(参照/『
Libre mercado』)。
チャベス前大統領からバトンタッチされたマドゥロ大統領には、前者がもっていたようなカリスマ性はまったくなかった。しかも国家指導者としての資質にも欠ける。バスの運転手から労働組合員となり、そしてチャベス前大統領のボディーガードから議員に転身して外務大臣になったマドゥロ氏。チャベス前大統領に忠実に使えていたマドゥロ氏は、チャベス前大統領が病気で政権の継続が難しと判明された時点で、後継者として指名された。それが彼の大統領への道を開いたというわけで、彼自身が国家指導者になる為の闘いをしてきたのではないのだ。一旦、大統領になるとチャベス政権を支えた軍部を同じく優遇して自らの地位の保全に努めて来た。
ただ、ベネズエラが現在抱えている種々の問題はマドゥロ大統領が政治家として無能だからというのではない。チャベス前大統領の政権時から政府の歳入を90%以上原油の輸出からの収入に頼る体制が問題なのだ。そしてチャベスは企業が私腹を肥やすがごとく利潤追求に走ることに反対、それが大手企業であれば国営化した。企業経営に色々と規制を設けて私的利潤追求を否定させた。その結果、経営者は存続する意欲を失い廃業する企業が増えた。その影響で物資の多くが輸入に頼らねばならなくなった。原油が100ドルあたりであれば、外貨も充分に溜り、物資の輸入も問題ない。そして彼が強く望んでいた貧民への社会奉仕も充分に出来た。しかし、原油の価格が下落し始めると急激に財政難に陥ることになった。それがチャベス前大統領の政権末期から起きた。マドゥロ大統領はそれを受け継いだというわけだ。経済が疲弊し社会問題も頻発している中で、マドゥロは国の統一を図る為に独裁体制を更に強めた。それに反対する者は容赦なく逮捕して収監するという挙にも出た。現在野党リーダーの二人も収監されている。
ボリバル革命の弊害に苦しむ多くの国民は新しい政治を望んでいた。そして、その為の機会を今回の総選挙に求めたのだ。選挙結果は新しい民主政治の第一歩を踏む基盤をつくる道を開いた。アルゼンチンと同様に新しい政治体制の確立である。
来年1月4日から新しい議会政治が始まる。今回の野党連合の勝利はマドゥロ大統領の政権運営を非常に難しいものにすることになるのは確かだ。その度合いは野党連合の議席獲得数によって異なる。例えば、現在獲得している107議席だと、議会で動議にかけ承認という手続きで、現在収監されている凡そ75人の政治家の釈放が可能となる。更に、副大統領や大臣を不信認として解任させることも可能だ。経済と社会保障分野においての法制化も可能となる。更にまだ未定の5議席が仮に野党連合に111議席になるまで与えられると、憲法改正も可能となり、大統領の執権制度も改正が出来る。そして、最高裁の判事の人選そして任命も可能となり、法的支配が容易になる。
12年続いたアルゼンチンの社会主義とポピュリズム主義の政治体制が12月からマクリ新大統領によって決別する。ブラジルも労働者党政権のルセフ大統領の罷免が審議に掛けられることに決まった。そしてベネズエラは今回の選挙でボリバル社会主義革命を推進して来たマドゥロ大統領の政権維持が非常に難しくなる。即ち、南米南部共同市場(メルコスール)の主要3カ国(アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラ)の社会主義的政治体制が一挙に変わる方向に向かっている。この変化はラテンアメリカで新しい政治的動きが生まれる要因となるのは確かだ。
<文/白石和幸 photo by
Jonathan Alvarez C on Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身