一人っ子政策廃止でも中国が少子化を止められそうにない理由

人に慣れている鳩と遊ぶ女の子(旅順・白玉山塔)

 中国政府は11月10日、1979年から実施してきた人口抑制策、いわゆる「一人っ子政策」を廃止すると発表。国家衛生計画出産委員会によると、一人っ子政策廃止によって新生児が年間300万人増え、2050年には労働人口が約3400万人増加し、問題となっている急速な高齢化社会への流れに歯止めをかけられるとした。  日本の社会科の教科書でも長年教えられてきた「中国の一人っ子政策」は、実は多くの問題を生み出し、また多くの例外を含む謎の一面を持っていた。  問題として挙げられるのは、男女比が崩れ男性が異常に増えたこと。特に農村部は家を継ぐ男児を望むため、女児の場合は、出生届を出さなかったり、または、間引きしたりで、2人目の男児誕生にかけるという風習が根強い。その結果生まれたのが、黒子と呼ばれる無戸籍児の存在だ。  また、35年以上も急激な人口抑制を実施したため人口構造が逆ピラミッド型となり、日本以上のスピードで高齢化社会を迎えてしまった。  さらには、国内で産めないならと海外で出産するケースが増加し、そのまま海外移住する中国人を増加させたなどの問題がある。  今回の一人っ子政策廃止決定で、中国政府は300万人の新生児が増えると試算しているが、実際のところ中国は出生数を公表していない。その代わりに日本の総務省が中国の他の統計から推測した中国の出生数はオランダの総人口に匹敵する1600万人(2009年)だ。2014年の日本の出生数は100.4万人なので、現在でも16倍ほどあり、それが300万人増えて1900万人になるということだ。ということは、単純計算で増加率18.75%となり、100夫婦中、19夫婦が新しく2人目を生む計算となる。果たして目論見通りにうまくいくのだろうか。

一人っ子政策だけ廃止されても横たわる課題多数

土日になると家族連れで賑わう海水浴場がある公園(大連・星海公園)

「養育費や学費負担が大きく、あと、両親の医療費も高いのでとても2人目は考えられないです」と語るのは、大連で3歳の女の子を持つ30代前半の中国人女性。  彼女の周りのママ友たちも同様の考えが多いのだという。  中国の公立学校の学費は原則無料になっているはずだが、“余計な出費”が多いのだとか。たとえば、先生へのお礼。今年、小学校に進学した男の子を持つ日系建材メーカー中国代表の男性は、2000元(約3万8000円)分のスーパーの買い物カードを先生へ渡したという。「他の児童の親たちも皆渡すので仕方ないです。うちの子だけ仲間外れにされたらかわいそうだと妻に言われて渡しました」  さすがに現金だと受け取らないらしく、贈答品として渡すことが多い。中にはスイスの高級腕時計「オメガ」を渡した両親もいたとか。そんなお礼を含めると学費負担は決して軽くない。 「一人っ子政策が廃止されても大して変わらないと思います」と語るのは、日本人と結婚し2人の子どもを日本で出産し、数年前から帰国している中国人女性。 「中国は、日本と比べると社会保障や保険が貧弱なのでちょっと不安ですね。日本へ行ったことない中国人はこれが当たり前だと思っているかもしれませんが、出産制限がなくなっても安心して産める環境は整っていません。私はもう3人目は産みませんよ」

もともと「例外」が多かった一人っ子政策

 一人っ子政策には、例外も多く存在していた。たとえば、一人っ子同士なら2人目は認められていたことはよく知られている。他にも、男女どちらかが少数民族や農村戸籍であれば例外とされていた。さらに地方によっても異なり、都市部では1人しか認められない状況でも地方によっては認められたりと、話を聞く人の出身や民族によって出産制限の認識が十人十色で、一体どれが本当なのか分からず謎だらけだ。  内モンゴル自治区出身で漢民族の張さん(25歳女性)は、6人兄弟の末っ子で、一番上の姉は22歳離れており、甥はすでに成人している。彼女によると内モンゴルの出身地では、2人まで認められており、さらに、女児が続いたので、一人っ子政策開始後は、父親が罰金を支払ったのだろうと話す。  そう、一人っ子政策廃止前でも罰金を払えば2人以上の子どもを持つことができたのだ。罰金額はそれぞれの年収相当の数年分と言われ、それが払える人は、すでに2人、3人と子どもを持っていたのだ。  中国は高度成長時代から中低成長時代へシフトしつつある。他の先進国を見ても出生率は経済成長率に比例して下がる傾向を見せるので、出産制限を撤廃しても子どもが劇的に増えるとは思い難い。  一人っ子政策だけを廃止しても、その他の社会システムが出産や育児に向かない現実への不満。そして、急速に少子高齢化が進んだこともあって「中国国内からもせめてあと10年早ければ……」という声も聞こえてくる。そうした声は、国をあげて出産奨励しているにもかかわらずこの10年で出産減少が加速している日本の現状を見れば決して他人事には思えないのである。 <取材・文・撮影/我妻伊都(Twitter ID:@ito_wagatsuma