CO2排出削減目標と財政問題との不思議な相関関係

2020年以降の新しい法的枠組みについての合意が最大課題

森 日本で「地球温暖化」「気候変動」問題への対策として一般に連想するのは何だろうか。まず思い浮かぶのは、夏に「クールビズ」を実施し、冷房の温度設定を高めるといった、いわゆる省エネルギーの促進だろう。  あるいは、もっと大きなレベルで言えば、1997年に合意した「京都議定書」に基づく、温室効果ガスの排出削減目標設定と、それに基づく取組みが挙げられよう。  排出削減について、国際的な拘束力ある枠組みを作ることは、気候変動対策の最も重要な要素である。今年12月にパリで開催される「COP21」においては、2020年以降の新しい法的枠組みについて合意することが最大の課題となっている。

「共有地」を最低限収穫する経済的誘因

 だが、いかに排出削減目標を作っても、それを達成する現実的な手段がなければ無意味であり、そもそも達成不可能な目標に合意する国は無いだろう。この問題の難しさは、温室効果ガスの大半は、一般個人を含む民間主体により排出されることにある。  私は環境政策を正面から担当したことはこれまで無かった。だが、この分野に携わってすぐに感じたのは、これまで自分が主に関わってきた財政問題と構図が似ていることだ。  これらの根底には、「共有地の悲劇」と呼ばれる問題がある。誰もが共有地を利用することが可能である場合、個々人には、共有地を最大限収奪する経済的誘因が働く。だが、皆がそうした行動に出れば、共有地は枯渇し、結局皆が不利益を被ることになる。  財政はまさしく国民の「共有地」だ。財政を維持するためには、受益と負担のバランスが必要だが、自分はできるだけ多くの公共サービスの恩恵を受けたいと望む一方、それを支える納税は、できるだけ避けたいと思うのが人の性だ。  同様に、気候変動問題に関しても、排出量を削減するためには、何らかの経済的活動を制限しなければならない。しかし、それが自発的な行動に委ねられている限り、自らコストを負担するより、自分以外の誰かがそれを行うことを望むだろう。  財政問題と気候変動問題に共通する更なる困難は、これらが長期的な、世代を超える課題であることだ。人はなかなか、本当に危機が起きてからでないと行動しないものだが、実際に危機が起きてしまってからでは遅すぎる。(気候変動に関していえば、既にこれにより世界各地で自然災害が増加しつつあるとの見方もある。なお、将来の危機と対策の必要性を否定する主張が一部にあるのも、両問題に共通しているが、少なくとも、未来が不確実な中で、リスクの存在自体に目をつぶり、安易な道に賭けることは、賢明とはいえないだろう。)  しかも、ツケを払うのは、自分達ではなく、将来の世代であるかもしれない。人々が、将来世代のことまで配慮して、「今」行動するよう仕向けるためには、強い動機付けが必要だ。  この点、財政については、基本的には一国内の問題であるため、政府が強制的に国民を従わせることは不可能ではない。しかし、気候変動については、各国が協調して取り組むことが不可欠である一方、世界政府なるものが存在しない以上、各国に行動を強制する手段は無い。そのため、各国には、自らの経済成長や競争力を優先し、他国の取組みに「ただ乗り」する誘因が常に働く。実際、京都議定書の枠組みには、世界第一、第二の二酸化炭素排出国である中国と米国が参加していない。

経済成長と両立する環境対策

 ほとんど全ての国にとって、経済成長は最優先の命題だ。従って、いかなる環境対策も、経済成長と両立するものでない限り、受け入れられる可能性は低い。  この課題に対する一つの方策が、環境金融(climate finance)だ。再生可能エネルギーや、省エネ性能に優れたインフラへの投資は、排出量削減と同時に、経済活性化にも貢献しうる。そのための資金の多くは民間主導で供給される必要があるが、そうした投資が拡大する環境を作っていくことが、私がOECDで現在主に携わっている政策課題である。【了】 (※)本稿は個人としての意見であり、組織を代弁するものではありません。 【高田英樹(たかだ・ひでき)】 1995年に東京大学法学部卒業後、財務省(旧大蔵省)に入省。1997年から99年に英国留学。2003年から06年に、英国財務省で勤務。2009年に民主党政権下で新設された「国家戦略室」の最初の職員として抜擢された。主計局、主税局等で、主に財政政策に携わる。2015年7月より、パリ・OECDに出向。「ムーラン」でコラム「日本の財政の「真実」」を連載。個人blogに日英行政官日記(http://plaza.rakuten.co.jp/takadahmt)がある。 記事提供:ムーラン (http://www.mulan.tokyo/) 新世代のビジネス・ウーマンのためのニュースサイト。「政策決定の現場である霞が関、永田町の動向ウォッチ/新しいビジョンを持つ成長途上の企業群が求める政策ニーズを発掘できるような情報/女性目線に立った、司法や経済ニュース」など、教養やビジネスセンスを磨き、キャリアアップできるような情報を提供している 【日本財政の『真実』】(1)~2015年度予算を読み解く http://www.mulan.tokyo/article/10/