起業家たちが六本木ヒルズを目指す理由

“ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン”という例のフレーズでお馴染みの『世界で一つだけの花』から、最近では「ありのままで」の“アナ雪”に至るまで、世間では「いまの自分のままでいい」の自己肯定ブームが延々と続いている。

天毛伸一氏

 世知辛く、生き辛い現代の世相を反映しているのだろう、出版界でもこの「自己肯定本」はひとつのジャンルとして確立されていることは周知の事実だ。  自称心理カウンセラーやセラピスト、お坊さんから実業家に至るまで、多岐にわたる分野の著者が「頑張らなくていい」「努力しなくていい」「お金がなくても幸せになれる」「自分をすり減らすな」「取り柄がなくてもそれが個性」といったキーワードで多くの読者を獲得している。  そんな、癒やしをもとめる読者のための、ゆるキャラならぬ「ゆる本」が溢れる中、それとは正反対の、読んだ者の心胆を寒からしめる背中を蹴飛ばすような激烈な言葉がこれでもかと書き連ねられた本がビジネス書の老舗、ダイヤモンド社から発売された。  その『独立不羈』の著者であり、ブレイン株式会社代表取締役の天毛伸一氏に話を聞いてみた。 ――日経新聞で本の広告を(9月16日付)拝見しました。何軒かの書店で売上げランキング1位も取っていて、増刷も決まったみたいですね。 ありがとうございます。 ――本の帯に「机ひとつから六本木ヒルズへ」とあったので、秒速で億を稼ぐ例のアノ人が書いた本みたいなのを想像していたんですが。本の中身はぜんぜん違っていました。 よくそう言われます。 ――なんと言うか、まず、秒速で億は稼げないということがよくわかりました(笑)余計なお世話だと思いますが、あの「六本木ヒルズ」というフレーズだけでネオヒルズ族とかを連想して買わない人もいるんじゃないですか。 確かにそうかもしれないですね。ただ自分にとって『六本木ヒルズ』というこの6文字は、本のなかでも書きましたが特別な想いがあったので、そこは特に意識していなかったです。実際、本を手にとって裏帯を見ていただけると、お金儲けの話でないのはすぐに分かりますし。 ――確かに、「カネがない。経験がない。人脈がない。だから、どうだと言うんだ。やれない理由をいくら重ねてもなんの意味も成さない」って、こんな熱っつい言葉が裏に並んでたら「エエッ!」てなりますよね。 これ、自分の口癖なんです。 ――グーグルやアップル、フェラーリといったいわゆる「勝ち組企業」がこぞって入居している六本木ヒルズというのは成功という意味のアイコンとしてはすごくわかりやすいんですけど、『独立不羈』という四文字熟語のタイトルがちょっとどうなのかなと……。正直、読み方も意味もよくわからなかったんですが、そこも狙ったんですか? 担当編集の方はもちろんですけど、周囲の人間は見事なまでに全員反対でした。わかりにくい以前に漢字が読めない。タイトル読めなかったら、どうやって本屋さんに注文するんだと。「これでは絶対に売れない」はっきりそう言われました。でも、このタイトルだけはどうしても譲れなかったんです。最後まで自分のわがままを通させてくださいとお願いしました。 ――この言葉がどういう意味なのか、ご自身の口からご説明していただけますか。 他人から何の束縛も受けないこと。何の制約も受けることなく、みずからの考えに従って事を行うという意味です。 ――いわゆる一匹狼的な。 そうとも言えます。 ――確かに、この本の中には「群れない」とか「媚びない」とか「誰の子分にもならない」とか「喧嘩もビジネスも腹をくくったヤツが勝つ」みたいな、一匹狼的フレーズがよく出てきますよね。 本を読んでくれた周りの友人たちからは「お前らしいよな」とよく言われます。 ――ちょっと昭和な香りがするというか、例えは悪いかもしれないですけど、昔の『男一匹ガキ大将』とか『俺の空』みたいな熱血少年漫画を思い出してしまいました。 その漫画、懐かしいですね。大好きでした。 ――中でも人脈を頼りにしたくないというようなことを書いていらしたのが印象的でした。いまは、人脈術みたいな本もたくさん出ていて、人脈作りがビジネスには欠かせないというような風潮があるように思うんですが、天毛さんはそれに真っ向からケンカ売ってますよね。これもやっぱり独立不羈の精神なんですか。 いやいや、ケンカは売ってないですよ。そこは強く否定させてください(笑)ただ、この「人脈」とか「人脈術」という言葉が苦手なだけです。 ――それはどういうあれなんですか。 実は、けっこう人見知りするほうなんです。経営者という立場でありながら、こんなこと言うのはおかしいのですが集団行動が本当に苦手で。 ――なるほど。でもこう言ってはなんですけど、人脈ウンヌンというのは、要するに誰か第三者に頼ってそのおこぼれに与ろうという、乞食根性ですよね。 さすがにそこまでは言いませんけど、ちょっと人間関係を甘く考えているのかなとは感じます。そもそも人間関係というのはお互いの「信用」で成り立つものですよね。「術」なんて何もないです。名刺交換したくらいで信頼関係なんて築けるわけないですから。 ――なるほど。自分にもちょっと心当たりがあるだけに耳が痛い話ですね。 10代の頃、うちの親父がよく言ってたんです。「生涯、ひとりでも心許せる友が得られたら、それだけで十分だと」まさに自分もその通りだと思いました。ただ当時はさすがに若かったこともあり、生涯ひとりは寂しいなと。そこで考えたんです。十年にひとり生涯の友を作ろうと。そうすれば60代まで生きられたら6人になる。これだけいれば十分幸せだなって。 ――では、天毛さんご自身はそういう交流会のようなものには。 一度も行ったことないです。さっきも言いましたけど、人見知りなんで駄目なんです。自然な流れのなかで出会いに恵まれていくのは大歓迎ですが、みずから積極的に新しい縁を求めることはしないです。だから交遊範囲はすごく狭いです。そんな時間があるなら、今ある縁を大切にしたい。「人脈」は遠くに求めるものではなく、近くにあるものだと思いますし。また、一年の関係よりも二年、二年より三年、長い年月を積み重ねてきた人間関係のほうが遥かに尊いという価値観です。 ――有名経営者や芸能人とのお付き合いはありますか? なんなんですかね(笑)六本木ヒルズにオフィスを構えるようになってから、よくそれを尋ねられるようになりました。そんなこと全然ないですよ。例えもし、お付き合いがあったとしても言わないです。 ――Facebookやブログには載せないんですか? 絶対に載せないです。そもそも、自分が誰々と付き合いがあるなんて誰も知りたくないですよ。また自分自身、他の誰かが誰々と知り合いとかまったく興味がないですし。 ――でも、有名人とかの取材とかするとつい一緒に写真撮ってもらいたくなるんですよね。思い当たるフシがあるだけにさっきから耳が痛いです。だからというわけではないですが、話をまた六本木ヒルズに戻しますけど、どうして「六本木ヒルズ」なんですか? 本にも書きましたが、最初は大阪のデザイン会社の片隅にタダで借りた机と電話ひとつで始めて、そこから東京に出て笹塚の小さなマンションの一室から再スタートをして少しずつ広いオフィスに移転していったのですが、あるとき大手の某IT企業から仕事の話が来たんです。 ――Y社ですね。 はい、それで喜び勇んで行きました。当時、Y社は六本木ヒルズにあって、どうしたらこんな立派なすごいビルにオフィスを構えられるのか想像すらつかない。それで素直に感心しながら担当者の話を聞いていると商談ではなく、買収の話だった。要するにおまえの会社を売らないかという話で。 ――嬉しくなかったのですか? 嬉しくないですよ。最初は舐められているとしか思えなかった。ただそうは言っても実際、目の前に大金を詰まれると心は揺らぎました。弱いですよね。 ――そうは言っても断りましたよね。 はい。色々悩みましたが最終的にはお断りしました。その時、誓ったんです。この決断が正しかったと証明するためには、自力でここにオフィスを構えるしかない。どれだけ時間が掛かろうとも辿り着いてやる。それぐらい実力のある会社に成長させてやるって。結局、10年近くもかかってしまいましたが。 ――なるほど。その思いを実現したわけですね。それにしてもコストがかかり過ぎではないですか。 確かに安くはないですね。ご存知の通り、自分達のビジネスなんて言ってしまえばどこでもできてしまうビジネスなんです。六本木ヒルズになんて本社を構えなくてもぜんぜん構わない。なんのためにここなのかというとブランドを作るためです。 ――ブランドですか? たった一度きりの人生じゃないですか。限られた時間しかない。どうせ働くのであれば誇りをもって仕事がしたい。うちの子達には常々、「誇りを持って仕事しよう」と言ってます。 ただ、これを言うのであれば、会社としては誇りをもてるような環境を与えるべきだと思うんです。立場が人を作るではないですけど、きれいな環境で働いていたら、結果的にみんな自分に誇りをもてるし、自分たちが扱う商品にも誇りをもてる。まずは形から入ろうと。 ――昨今は、極力固定費を抑えるのが経営の主流ですけど逆張りですね。 実際に入ってみないとわからなかった効果も沢山ありました。例えば、昔、渋谷の小さな雑居ビルでやっていた頃は人材募集を出しても、ほとんど応募すら来ないんです。でも、いまはまったく違います。熱い気持ちだけではなく、驚くほど優秀な人が応募してきてくれるようになりました。 ――そんなに違いがあるんですね。 あと営業の電話かけても、「本社どこですか?」と聞かれて、いままでは「渋谷のどこそこです」と必死に説明していたのですが、今は「六本木ヒルズ」ですと伝えればそれで伝わる。日本全国、会社どこですかと聞かれてビル名だけでわかってもらえるところなんてそうそうないです。これだけでも十分価値はあります。 ――確かに、会社はブランドが命ということですね。よくわかりました。では、次回は天毛社長が今の若者に伝えたいこと、をテーマにインタビューを続けたいと思います。 <取材・文/HBO取材班> 【天毛伸一(てんもう・しんいち)】 1974年兵庫県生まれ。学生時代からバックパッカーとしてアジア諸国を歩き、大阪市立大学商学部卒業後、渡米。ロサンゼルスに10カ月滞在、帰国後デザイン会社に就職するが1年後(2001年)個人事業主として創業、2003年法人化してブレインを設立。提供サービスの契約数は7200社。業界では5年連続No.1のシェアを誇る。本社は六本木ヒルズ。
独立不羈

“机ひとつ”から六本木ヒルズへ