インバウンドで盛り上がる川越市。非ゴールデンルートでも何とかなる!?

 7月に日本政府観光局が発表した2015年上期の訪日外国人客数(推計値)は、前年同期比46.0%増となった。また、それと歩調を合わせるかのように訪日外国人客の買い物消費も増えた。昨年の消費の内訳を見ると「買い物」は35.2%と宿泊料金(30.1%)を抑えてトップに立った。ショッピングを楽しむ訪日外国人客の姿が伺える。その流れを受け、郊外都市のインバウンド戦略も、変わりつつあるようだ。

ゴールデンルート外でも70%の増加

川越の蔵造りの町並み

 訪日外国人客に人気の高い観光コースは、成田・羽田空港で入国し、東京・箱根・富士山・名古屋・京都を周り関西空港から出国するルートだ。  この、いわゆる「ゴールデンルート」にかかる都道府県は、外国人宿泊客数の上位を占めている(国土交通省「観光統計」宿泊旅行統計調査より)。  だが、ゴールデンルート外の観光地もただ手をこまねいているわけではない。近郊エリアでも、積極的にインバウンド(訪日外国人客)施策が実施されている。  都心から30km、人口約35万人の埼玉県川越市もそのひとつだ。地域の観光資源をもとに、外国人観光客に向けたPRを行っている。川越市を訪れる外国人観光客は、2013年の4万5千人から2014年は7万7千人と70%近く増加した。 「2012年に観光庁の『訪日外国人旅行者の受入環境整備事業の地方拠点』に選定されたことがきっかけのひとつです。公益社団法人小江戸川越観光協会のホームページを多言語にリニューアルすることができました。また、昨年は、ビザの大幅緩和や消費税免税制度の拡充、アジア地域の経済成長に伴う海外旅行需要の拡大、円安進行による割安感の浸透などの好条件が重なりました。日本全体の訪日観光客の増加も、川越市の外国人観光客数の増加につながったと見ています」(川越市観光課)

平日の町を彩る着物姿のアジア人観光客

 川越は、江戸時代、江戸北方の要の地となり、川越城の城下町として栄えた。明治26年の「川越大火」を教訓に土蔵造りの商家が建ち、今ではその蔵造りの町並みが見どころとなっている。  蔵造りの商家が軒を連ねる「蔵造りの町並み:一番街商店街」周辺は、人力車も行き交い、京都や浅草のように、着物姿で散策する人も多い。 かんざしなどの和装小物も取りそろえられた近隣のレンタル着物店には、SNSやメールなどで海外からの予約を受ける店もある。「(外国人観光客は)はっきりとした柄を好む方が多い」、「上手に着こなす方も多く、アジア圏の方だと、遠目には外国人だとわからない」という声も聞かれた。  毎月18日の「川越きものの日」は、着物好きな人たちに向けたイベントだ。川越おかみさん会をはじめ、バス会社、川越市観光親善大使、小江戸川越観光協会が音頭を取っている。

川越氷川神社も着物(浴衣)姿の外国人に人気のスポット

 市内の協賛店舗では、着物姿で来店の方に割引などの特典がある。また、蔵造りの町並みに近い蓮馨寺では「川越おかみさん会」による着付けやお直しの無料サービスも。 「川越はかつて織物で栄え、極細の木綿糸を使った川越唐桟(かわごえとうざん)という生地が生まれた土地です。着物にゆかりのある川越でも、普段から着物を着る人は減っており、私たち『商店のおかみさん』がまずは着物を着てアピールしようと、川越きものの日を設けました」(川越おかみさん会会長 栗原裕子氏)  この8月に4周年を迎えた川越きものの日は、商店のおかみさんたち自らが着物をまとうことから始まった。川越の町並みを着物姿で楽しんでくれる観光客をもてなしたいと、今では約120の店舗が協賛している。わが町の魅力を誰よりも知る地元商店らの取り組みは、国や自治体の施策の後押しとなっているようだ。

インバウンドパスなどの割引乗車券も牽引

 自治体の取り組みと呼応するように、川越に乗り入れる鉄道会社各社もインバウンド施策に熱を上げている。 「小江戸川越」と呼ばれる川越市内の観光地エリアには、東武鉄道の川越駅、川越市駅、西武鉄道の本川越駅、JR東日本の川越駅がある。相互直通運転をする鉄道を含めると、東京方面から7路線が乗り入れている。  川越駅、川越市駅を有する東武鉄道は、インバウンドパス(訪日外国人専用の乗車券)「KAWAGOE DISCOUNT PASS」を今年2月より発売。割引乗車券とあわせて川越市内の飲食店や土産物店で使える割引クーポンがついてくる。  本川越駅を有する西武鉄道は、「SEIBU RAIL PASS」を昨年10月に発売。西武新宿駅—本川越駅間の往復乗車券が割引となる、お守り型のインバウンドパスだ。  同社では2014年4月から、特急レッドアロー号「小江戸」の往復の乗車券と特急券がセットになった「川越アクセスきっぷ」も発売している。発売当初は、西武新宿、高田馬場の両駅で国内観光客向けに販売していていたものの、訪日外国人客の利用が好調なことから、4か月後には外国人の宿泊が70%を超える新宿プリンスホテルでの販売もはじめた。発売開始から今年7月末までの累計販売枚数のうち約43%を訪日外国人が購入している。 「昨年度後半から、川越アクセスきっぷのインバウンド販売数の伸びが顕著です。10月に西武グループのプリンスホテルが台湾に台北支店をオープン。拠点を置いたことで、PR施策が実情に則したものになり、現地での口コミにも好影響を与えたのではないかと考えています。また、川越は都心からのアクセスもいい上に、観光資源がコンパクトにまとまっていて周遊しやすい。日帰りや半日程度の観光需要に適していると思います」(西武鉄道広報部)  観光客に人気の、時の鐘、蔵造りの町並みなどは、川越駅、川越市駅、本川越駅の徒歩圏内にある。川越城本丸御殿や川越氷川神社など駅から離れた名所も、「小江戸巡回バス」(イーグルバス)や、「小江戸名所めぐりバス」(東武バス)でカバーされている。

観光マップ多言語化のほか、英会話レッスンも

 観光産業にとって、リピーターの獲得は大きな課題となる。一度の集客に成功しても、リピートされるかどうかは受け入れ側の”おもてなし”次第。インバウンドであれば、外国語での案内表示や音声アナウンスなどホスピタリティ面での強化も必要だ。  西武鉄道は、8月1日から川越への窓口である西武新宿駅において、外国人留学生による多言語案内を実施。同駅の「お客さまご案内カウンター」や改札口付近で、川越をはじめとした沿線の案内を、英語・中国語・韓国語で対応する。  市内「一番街商店街」の店舗では、使用頻度の高いフレーズを印字した「指さしコミュニケーションシート」を使ったやりとりも行われているところも。このシートは、埼玉県がサイト上で配布しているツールで、フレーズや数字を指さすだけで意思を伝えることができる(英語、中国語簡体字、中国語繁体字、韓国語)。メニューや看板に、英語やローマ字の表記を添える店舗もある。  小江戸川越観光協会も、今年8月から「おもてなし英会話教室」を開始。地元商店街に向け無料で開催している。  川越市に本社を置くエスプリライン社も英会話教材「スピードラニング」を使って別途参戦するなど地元総ぐるみでの取り組みが始まった。  また、同協会は、英語、韓国語、2種類の中国語(簡体・繁体)の観光マップを配布している。全体の約半数が台湾で使われる繁体字で、実際、川越市を訪れる観光客の出国地(平成26年度川越市観光アンケート調査報告書より)も、台湾という回答が半数近く占め、群を抜いて多いという。 「アジア圏の方は、話しかけられてはじめて外国人観光客だと気づくことも多いですね。20代の女性グループや女性中心の男女混合グループが多い印象です。着物姿で食べ歩きをする若い女性もよく見られます。」(小江戸川越観光協会)  地元名産であるサツマイモを使ったスイーツをテイクアウトできる店もあり、実際、食べ歩き用に求める訪日外国人客も多いという。  台湾には、「夜市」という屋台が集まる市場があり、店を巡りつつ好きな物を食べ歩くことを楽しむ文化がある。ちまきや蒸しパンのような手で持って食べる料理も多く、屋台で麺やお粥などを食べる習慣もある。  西武鉄道も「台湾にも食べ歩き文化があると聞いており、共通点に親しみを感じているのでは」と分析する。

東京オリンピックに向けて

 実は川越は、2020年の東京オリンピックの競技大会予定地にもなっている。2016年に開催されるリオデジャネイロ五輪から復活するゴルフ競技の予定地に、川越市の霞ヶ関カンツリー倶楽部が選ばれている。  これを受けて川越市はオリンピックの開催を契機とした積極的なインバウンド施策に取り組んでいる。YouTubeで配信しているシティプロモーション映像「時空を超える旅~JOURNEY THROUGH SPACE-TIME~」もその一つだ。 「映像のほか、10言語のリーフレットも作成しており、見本市でのブース設置、内外の旅行会社へのプロモーションを考えています。また、訪れた方々に快適に過ごしていただけるよう、無料Wi-Fiの整備、公衆トイレの洋式化も進めています」(川越市観光課)  一般に観光地は、大都市から中途半端に近いと、滞在時間が短くなりがちという面がある。川越にとっても、観光事業を強化するには、宿泊客増加のための施策も必要となるはずだ。そのためには、夕食や飲酒を楽しめる店舗の充実も視野に入れる必要がある。郊外の中都市で、着物姿の外国人が行き交う。いまはまだ少し不思議に見える光景が、当たり前の光景となるかもしれない。  地域の持つ特性や歴史的背景といった観光リソースを、どのようにしてインバウンド施策に結びつけるか。行政の積極的な推進策に加えて、「着物」や「江戸情緒」を軸とした商店やNPOといった地域での取り組み、そして乗り入れる鉄道会社の施策それぞれが相乗効果を生んでいる。川越の取り組みは、郊外都市のインバウンド施策に対する一つの答えとして見ることができるだろう<取材・文/齋藤純子>