「働くママ応援CM」を見比べて思うこと――田端信太郎【広告やメディアで人は動くのか会議】

 7月末に共著『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を上梓した、LINE株式会社上級執行役員の田端信太郎さんと、戦略PRの第一人者ブルー・カレント・ジャパン代表取締役社長の本田哲也さん。広告やメディアと人の動きのかかわりはどうなるのか。最新の事例からもふたりの考察は続いてゆく。連載第1回は田端さんからの問いかけからスタート。  本田哲也さんとの共著、『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』では、中面で多数の実例を取り上げました。お陰様で発売1か月足らずで4刷まで増刷がかかり、大好評ではありますが、書籍の中で紹介した「ゴルフクラブ」や、「心技体」のフレームワークにもとづいて把握するのが良さそうな事例は、まだまだ現在進行形で産み出されています。これから、往復書簡形式で最新事例をフォローしていきましょう。  第1回目の今回、私が取り上げたいのは、「心技体」の「心」――「親ごころ」に当たる部分です。本田さんのご家庭も小さなお子さんがいらっしゃいますし、うちも5歳と2歳の子どもがおります。私と同じように「父」でもある、本田さんには、おそらく母親に向けたであろうこの二社の動画CMの違いがどのように写るでしょうか? 【ボンカレーの動画】  【Fiatの動画】 【ブログ】働くママ応援CMに全く共感できなかった件 http://blog.ladolcevita.jp/2014/07/14/working_mum_cm/  私なりにまとめますと、同じようにワーキングマザー向けのバイラルを狙った動画としても ・ボンカレーの動画  ⇒良妻賢母的な価値観が色濃い:ファンタジー中心の「規範」 ・Fiatの動画 ⇒目の前の現実からスタートするリアリティ中心の「記述」  というようにアプローチがまったく違います。  この2つのCMについて、上記のブログ記事の視点を私なりに要約すると、消費者のインサイトを突いて共感を呼びこむつもりが、CMを作った側の本音(インサイト)が透けて見えてしまってやしませんか!ということです。  我々は書中でこれからのマーケティングやPRにおいて、「あきらめるべきこと」と「あきらめるべきでないこと」を峻別しました。「あきらめるべきでないこと」の代表として「生活者のインサイト」把握を上げました。しかし育児に奮闘する母親のインサイト把握という、普遍的で典型的なカテゴリーへの訴求ひとつ取っても一筋縄ではいかないことがよくわかります。  会議室で偉い中高年のオジサンが考える「こうあってほしい」「こうあるべきだ」「きっとこうだよね?」というファンタジーは、現実の生活者のリアリティの前では、まったく無力です。上記ブログではボンカレーの動画に、次のようにツッコミを入れています。 “この主人公、何で落ち込んでるの? どこが「私、ちゃんとできてるかな?」なの?” “家の中超キレイだし片付いてるし、お嬢さん泣きわめいたり癇癪起こしたりしてないし、メイクちゃんとしてるし、きちんとした服着てるし(白のジャケット??? ありえん!)、旦那さん優しそうだし・・・。  どこが「できてない」のか全くわからなかった私。 ひょっとして専業主婦だった自分の母親と比べてる? 比べる対象が根本的に間違ってない?“ “ひょっとして、疲れて仕事から帰ってきて洗濯物がたまってて(たまってるうちに入らない、あの量・・・)、おもちゃが散らかってて(散らかってるうちに・・・以下略)、夕飯の支度ができてないことに落ち込んでるのでしょうか?” 「白ジャケット」へのツッコミなどは、実に良ツッコミです。実際に子育てしていれば、男の目からでも、普段の仕事着で白スーツなど有り得ないことはよくわかります。  甲子園での春日部共栄高校「おにぎり2万個マネージャー」の紹介記事に含まれるオジサンくさい「良妻賢母的な価値観の無意識の押しつけ」が炎上したように、他人である消費者のインサイトを探る前に、まず自分たち自身がどのようなバイアスなり、固定観念を無意識に持っているのか、よくよく見つめるべきだ、とも思いました。  ニーチェの名言に、「深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちら側を覗き込んでいる」という言葉があります。同じように、マーケターが生活者のインサイト(本音)を探ろうと覗きこむとき、生活者もまた、インサイトを探ろうとするマーケターのインサイト(本音)を覗き込み、見透かすのではないでしょうか。  ことほどさように「インサイト」というものひとつとっても、たいへん奥深いものがあります。インサイトを探し、それを捉えるのは絶対にあきらめるべきではありません……。が、それが実に難しい!!  上記の2つの動画CMについての、奥様のご意見含め、本田さんはどう思われましたでしょうか。 <文/田端信太郎> たばた・しんたろう/1975年石川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社リクルートにてフリーマガジン「R25」の立ち上げを行う。2005年、株式会社ライブドアに入社。ライブドアニュースの責任者を経て執行役員メディア事業部長となり、ライブドアのメディア事業の再生をリード。2012年、NHN Japan株式会社(2013年LINE株式会社に商号変更)執行役員に就任。広告事業部門を統括。2014年上級執行役員法人ビジネス担当に就任。著書に『MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体』(宣伝会議)がある。
広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。

情報爆発・消費者主導の時代に、人はどうすれば動くのか?