「アイス・バケツ・チャレンジ」は「リングの貞子」である――本田哲也 【広告やメディアで人は動くのか会議】

 田端信太郎さんとの共著の『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』、絶好調ですね。発売1か月で3万部を突破し、昨日6刷が決定しました。書中のフレームにのっとるなら、われわれも「1万人を動かす」から「10万人を動かす」に頭を切りかえないといけません(笑)。  それにしても予想以上の大きな反響には、この書名が密接に関わっているように思います。「あきらめなさい」という投げかけは、「今」を生きる広告やメディア業界、ひいてはビジネスパーソンの、ある種のインサイトを捉えていたのではないでしょうか。書籍で定義した「心技体」の「心」に届いた投げかけが熱となり、人を動かす「ココロの沸点」に到達したんじゃないかな、と思う今この頃です。  さて、第2回となる今回。1回目で田端さんが取り上げた、「働くママ応援CM」(http://hbol.jp/5480)の話からいきましょうか。「ボンカレー」と「フィアット」、実に興味深い比較でした。まさに育休まっただなかの奥さんに、さっそく見てもらいました。 「うーん。今の働くお母さんが気にするのは、仕事におけるキャリアロス問題や、限られた時間で子どもにきちんと向き合えているかという、『働く母』だからこその悩みや不安じゃないかしら。ゴハンとか洗濯物とか、すべての家事を完璧にできないからといっていちいち落ち込まない気がする」 「働く女性の増加にともなって、サポートする家電やサービスも増えている。むしろそれらをうまく使いこなして、育児をしながら自分のキャリアもどう積んでいくか? っていうのが、今の働く女性のテーマじゃないかなあ」  とのことでした。ざっくり言うと「気持ちはわかるけど、ちょっと悩みの内容にズレも感じる」というところでしょうか。うちの奥さんはずっと都心でバリバリと働いてきたママです。これが例えば地方の働くママだったら少し違うインサイトかもしれない。でも確かに、ボンカレーの動画には、ややキレイ過ぎる「ファンタジー感」がある。対してフィアットは「ミもフタもない現実」をクリエイティブに表現している。  見方を変えれば、両者は「フィクションとノンフィクション」という比較もできそうです。事実にもとづくストーリーテリング(ノンフィクション)と、演出された物語(フィクション)。僕はこの違いを「広告と戦略PRの嘘と誠」というコラムで、広告的表現とPR的表現として整理しました。そういう意味では、どちらかといえばボンカレー動画は「広告的」、フィアットは「PR的」だといえるかもしれません。いやあ、インサイトの探求ってのは難しいですねえ。  さて、われわれは書籍の「パート2」で、「◯◯◯人を動かす」という視点から、さまざまな事例を取り上げました。そしてもし刊行があと少し遅かったなら、必ず取り上げたであろうキャンペーンがこの夏話題になりましたね。そうです、あの「アイス・バケツ・チャレンジ」です。  キャンペーンの説明は今さら不要でしょう。僕が注目したのはその驚くべき拡散力です。ウィキペディアを見ると、2014年8月18日時点で、参加者は2400万人。開始されたのが7月頃ですから、実に1か月やそこらでここまで拡散したわけです。書籍の中の「1000万人を動かす」の事例にうってつけです。 アイス・バケツ・チャレンジ 僕は初期の広がりをネットで見て、即座に「あ、『リング』だ!」と思いました。はい、あの日本ホラーの名作、『リング』です。貞子の呪いのビデオを見たものは一週間後に死ぬ。死にたくなければ、ビデオをダビングし、まだ見ていない誰かに見せなければならない。「アイス・バケツ・チャレンジ」では、3人指名して、指名されたほうは24時間以内に氷水をかぶるか寄付をしなきゃいけない。その選択をジワジワ迫ってくる感じといったら、もう「ホラー」ですよ。フェイスブックのタイムラインを見ていて、氷水をかぶる人たちがアメリカのセレブから徐々に知人へと広がってきたとき、僕は強烈に「貞子」を感じました。「くるー、きっとくるー」という主題歌が頭のなかに鳴り響きました(笑)。  それはそうと、僕はこのムーブメントのポイントは、次のようなものだったんじゃないかなあと思っています。 ●ある行動(=寄付や啓発)のために、よりハードルの低い(なんならやりたい)行動(=氷水をかぶる)をいったんはさむ ●メディアが人を動かしたのではなく、動いた人自身がメディア化した ●「どう浴びるか」は受け手がいじれるフレームワーク(編集・編成権はユーザーに) 「心技体」でいえば、「体」つまり体験や体感の要素が大きなポイントでした。「氷水をかぶる」という体験コンテンツがすべてをドライブ――後押ししていたと思うのです。賛否はあったものの、「同情を誘うようなコンテンツで寄付を募る」という従来型のやり方がなかなか機能しない今、新しいアプローチを提示しました。  ちなみにですが、ムーブメントの末席である僕のところに”貞子”が来たとき、すでに拡散フェイズは終えていたと判断し、氷水はかぶらず指名もせずに、寄付だけさせていただきました。  さて今回のムーブメント、田端さんはどう思われますか? 確か田端さんも氷水はかぶっていなかったと記憶していますが、ご自身が指名されたときの”いなし方”も含めて、ぜひお聞かせください。 <文/本田哲也> ほんだ・てつや/1970年生まれ。セガの海外事業部を経て、1999年フライシュマン・ヒラード日本法人に入社。2006年、グループ内起業でブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。2009年に『戦略PR』(アスキー新書)を上梓し、広告業界にPRブームを巻き起こす。国内外の大手メーカーなどを中心に、戦略PR自体はもちろん関連する講演などの実績も多数。著書に『その1人が30万人を動かす!』(東洋経済新報社)、『ソーシャル・インフルエンス』(池田紀行氏との共著、アスキー新書)などがある。
広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。

情報爆発・消費者主導の時代に、人はどうすれば動くのか?