「コスタリカは武装国家だ」という“妄想”に反論

「平和安全法案」の審議とともに、急に注目を浴び始めている「軍隊がない国」コスタリカ。一方で、「コスタリカの非武装」を否定する言説も数多く見られる。学者や軍事評論家のなかで、「コスタリカが非武装ではない」という人は見当たらないが、ネット上には間違った情報がまかり通っている。たとえば「コスタリカ」「重武装」などのキーワードで検索すると、多くの「コスタリカは非武装とはいえない!」という言説が浮かび上がってくる。  軍隊があるのが当たり前の国に暮らしている人々にとっては、軍隊がない状態というのは時に受け入れがたく、想像するのが難しい。そのためか、それを否定するのに都合のよい情報だけをつぎはぎし、実際の姿とはかけ離れた“珍説”を拡散する結果になっている。

コスタリカの軍事費は隣国の3倍!?

コスタリカ警察の訓練風景。警官体術習得は必須だがあくまで護身用で、犯人を傷つけず制圧する方法論を教え込まれる

 たとえば「コスタリカは実は軍事大国だ」というものがある。お隣・ニカラグアの3倍の軍事費があり、ロケット砲などを装備し……など。このケースはつぎはぎと想像の産物の典型といえる。  コスタリカ「軍事費」の出所は、米CIAの白書と英国際戦略研究所のレポートだ。ところが「コスタリカ軍事大国論」の人々は、これらの情報の原典を全く精査していない。もとになっているCIAの白書を読めばすぐにわかることだが、そこに計上されているコスタリカの「軍事費」は、実は「警察予算」なのである。  軍隊がないので便宜上計上しているにすぎない。実際、白書には「コスタリカには軍隊が存在しない」と書かれているし、軍事費のところに「警察予算」というただし書きもある。つまり一次資料を読めば、その原典自体が軍隊の存在を否定し、他国と一概に比較できないことがすぐにわかるのだ。資料をつまみ食いしてつじつまの合わない部分を想像で補えば、上記のような珍説はいくらでも生み出せる。

重武装した「準軍隊的組織」が存在する!?

 また、軍隊がないかわりに8000人を擁する「治安警備隊」(グアルディア・シビル)という準軍隊組織がある、という風説もよく見かける。  これは①ある時点の断片的な事象や名称を不正確な認識のままかき集め、②時系列など関係なしにつぎはぎし、③それでも足りない部分は想像力で補う、という作業の結果生まれた“妄想”だ。  まず、グアルディア・シビルという名称は1996年までの一般警察の名称である。つまり、その時点で8000人の警官がいたということを表している。現在は警官の人数(約1万2000人)も名称(フエルサ・プブリカ)も違う(※法的にはグアルディア・シビルという名称は残されているが、運用上はすでに使われていない)。この組織を持ち出す時点で、20年以上前の資料を参照していることがわかる。 「ロケット砲を持っている」という情報に至っては、さらにその10年以上前の話。1980年代のニカラグア内戦時に配備されたものだ。コスタリカ領内に無断で基地を作っていた反政府軍(コントラ)と、それを追いかけてくるニカラグア政府軍が国境を越えて戦闘を持ちこんだため、それに対応するために導入された。内戦の終結に伴いそれらの火器はすべて廃棄され、現在は残っていない。

警察がライフルで重武装している!?

武器庫に保管されているライフル。コスタリカ警察最強の火器だが、実際に使われることはほとんどない

 現在、警察の陸上部門における最強の兵器はM-16ライフルで、これ以上重い火器は持っていない。このことから「軍隊がないかわりに、警察がライフルで重武装している」という言説もよく見かけるが、実は普通の警官は38口径リボルバーまたは9mmベレッタといった拳銃を所持している。  ライフルは通常は武器庫にしまわれていて、大掛かりな組織的犯罪が発生した場合などでしか使われることはない。特に、麻薬関係の武装したマフィアを制圧する場合などだ。日本の警察でいえばSAT(特殊急襲部隊)のようなものだが、このケースも実際にはほとんどない。というのは、コスタリカ警察は相手の武装以上の武装をしないからだ。ただ、想定されるケースとして訓練は行われている。

普通の“お巡りさん”が国境を警備

 また、「火器を装備した航空機を持っている」という情報も散見されるが、コスタリカの警察が持っている数機の軽セスナもヘリも、ともに非武装。ヘリに至っては米国などでネットでも買える機種である。  さらに「国境警備隊」という、いかにも軍隊っぽい名称もネット上で散見される。これも昔「グアルディア・デ・ラ・フロンテーラ」という名前が国境に配備されていた警察につけられていたものを直訳風にしたものにすぎない(※これも1996年の改組で名前ごとなくなっている)。その実態としては、普通のお巡りさんが国境にいるだけだ。  しかも国境のほうが街中の業務より楽だったりする。人の出入りがない場所であれば、やることがないからだ。だから彼らは、日がな一日ラジオを聞いたり新聞を読んだりして暇をつぶしている。

現場を見れば一目瞭然、「丸腰国家」の真実

 以上は、筆者自身が現地を訪れ、公安省の幹部や政府要人から言質を取り、街中から国境に至るまでコスタリカ中の現場を訪れて確認した事実である。  あまりにも自分の環境と違う世界というのは、想像するのが難しい。そのためにこのような珍説も生まれるし、それを読んだ人も反証することができない。機会があれば、いちど軍隊を持たない「丸腰国家」コスタリカを訪れ、その真実を目の当たりにしてみてはいかがだろうか。 <文/足立力也> 【足立力也】 コスタリカ研究家、北九州大学非常勤講師。著書に『丸腰国家』(扶桑社新書)『平和ってなんだろう』(岩波ジュニア新書)『緑の思想』(幻冬舎ルネッサンス)など。現在、『丸腰国家』キャンペーンを全国書店で開催中(八重洲ブックセンター、丸善ジュンク堂書店、戸田書店、平安堂、谷島屋、勝木書店、文教堂書店、明林堂書店、リブロ、明屋書店などの各店舗にて)。
コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。