「法案可決は安倍首相個人の強い願望」。スペイン語圏メディアが報じた安保法制強行採決

スペインの通信社EFE

 安倍政権によって強行採決され、現在は参院にて審議中の安全保障関連法案。普段は日本のニュースはさほど流れないスペイン語メディアでもこのニュースは報じられた。  果たして、スペイン語圏のニュースメディアではどのように取り上げられたのか。  スペイン及びラテンアメリカでは集団自衛権の行使が衆議院で可決したことは、即ち日本は憲法第9条を否定して「日本の軍隊が必要とあらば外国で活動が出来るようになった」ことを軸にした報道内容になっているのが主流だ。例えば、英国の『Reuter』やフランスの『AFP』と同様に、スペイン語圏のニュースの多くを配信するスペインの2つの通信社『EFE』と『Europa Press』の報道内容を以下に紹介しよう。

「法案可決は安部首相個人の強い願望」と報じたEFE

『EFE』は昨年の安倍首相の憲法解釈変更をまず取り上げて、〈それまでは憲法9条によって外国での紛争の解決に武力の行使は禁止されていた〉と報じた。そして〈今回の法案の可決は、安倍首相個人の強い願望によるものである〉と強調し、〈米国のような同盟国が攻撃を受けた場合に、日本は支援に加わることが可能となり、また国連の安全活動にも参加できるようになる。これによって、第二次世界大戦の敗戦以後、制限されていた軍事的側面において、日本により活動的な役目が付与されることになる。それを保守の安倍首相は求めたのだ〉と言及した。法案可決の投票のあと安倍首相は〈「日本を取り巻く安全環境は次第に複雑になっている。日本国民を守り、そして戦争を回避する為にはこの法案は必要である」〉と述べたことも報じた。一方の、野党の岡田克也代表は〈「この改正案の可決は日本民主主義の染みとなる。国民の8割は政府の説明が不十分だと判断しており、この改正は違憲である」〉と指摘したことを報じ、同時に〈多くの市民が「戦争法」だと看做すこの法案に反対して投票が行なわれた日の国会の周辺には2,000人が雨の中「反対」を訴えた〉と同通信は報じている。

「自衛隊設立以来もっとも劇的な変化」と報じたEuropa Press

『Europa Press』のほうはどうだろう? こちらは〈第二次世界大戦以後、日本政府にとって初めて外国で戦う為に軍隊を派遺することが認められることになる〉と最初の小見出しで報じた。また〈国会の投票日の翌日には10万人がプラカードを掲げて抗議デモが行なわれた〉と報じ、そのプラカードには〈「安倍首相の政治に反対」「 戦争反対だ」「憲法9条を棄てるな」〉と書かれていたことも伝えた。〈69年前に軍隊(自衛隊)が創設されて以来、最も劇的な変化である。集団自衛権を行使し、紛争下にある同盟国を支援することになる。日本はこれまで紛争には介入したことはない。これまでの政府は憲法に謳われている限界を尊重してきた。しかし他国に比べ軍隊の活動が相当に制限されていた〉と言及して、これまでの日本の軍事面での姿にも触れている。

「NATOやEUとの関係」に触れた『El Pais』

 スペインで最大手紙『El Pais』は、東アジア圏のニュースについては、北京駐在(以前は日本に支局があった)の同紙記者が独自取材したリポートを送っており、常に注目に値する自社独自の取材で記事を掲載している。  同紙によると、〈自衛隊の役目の改正は安倍首相の大きな賭けのひとつである〉と言及している。日本テレビの世論調査を取り上げ〈60%はこの法案に反対、賛成は僅かに25%である〉ことも報じた。別の調査で〈安倍首相への支持率は39%で、不支持率は41%となり、この法案の可決が影響している〉とした。更に同紙は〈200人の法学専門家がこの法案に反対して書簡を政府に送った〉ことに言及し、慶応大学の小林節教授は〈「この法案を可決させたことは暴政の始まりだ」〉と述べたことも同紙は報じている。  その一方で、安倍首相が〈「日本を取り巻く安全環境は次第に難しくなっている。この法案は日本国民の安全と戦争を回避する為に必要不可決である」〉と述べたことも伝えている。更に同紙は、〈安倍首相が4月に米国を訪問した際に、中国の軍事力の増大とアジア海域における中国との紛争が多発していることを受けて、この法案を可決させることを安倍首相は米国政府に約束して両国の同盟結束を確かなものにしている〉ことにも触れている。また、スペインのシンクタンク「FRIDE」のメンバーであるブルッセル自由大学のシモン教授が〈最近2年間の日本の役目の拡張と米国との同盟の強化は、オーストラリアやフィリピンといった国との外交と安全面の絆を深め、そしてNATOやEUとの関係をも包括するようになる〉と指摘していることも加えている。

「危険だが外交的立場は向上する」としたBBC Mundo

 ラテンアメリカ向けにBBCが掲載している『BBC Mundo』では、王立国際問題研究所(Chatam House)のアジア担当スエンソン・ライト部長に取材し、今回の法案の可決について、〈日本にとって危険である、しかし政治的そして外交的立場において日本は向上するようになる〉という指摘を掲載している。その意味において、同紙は〈日本が長年求めて来た国連での常人理事国の席を獲得する為には今回の法案可決は考慮されるべき重大な決定である〉と言及した。その一方で、〈安全を守る為の重圧下のもとでの決定や危機に際しての対処への挑戦で国際的に非常に経験の少ない日本政府にとって、今回の展開は全て好転的には捕えられないかもしれない〉と締め括っている。 <文/白石和幸 > しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなしていた。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身