高齢者ドライバー規制を救う「3分間スクリーニング」って何だ?

写真/警視庁ホームページより

 6月11日、新たに道路交通法の改正案が可決され、75歳以上の高齢者ドライバーに対して、臨時の「認知機能検査」が導入されることになった。  今年に入ってからも、認知症を患う83歳男性が運転する軽乗用車が首都高速を逆走し死亡する事故が起きたほか、先月9日にも、同じく首都高速において79歳女性が逆走し対向車と衝突。“高齢者ドライバー”による「逆走事故」が続発し、各種メディアもこぞってこの問題を採り上げていたことは記憶に古くないが、この改正案により、免許更新時に「認知症の恐れ」と判定された場合には医師の診断を義務付け、診断の結果いかんによっては”免許停止”か”取り消し”になるという。  ここ10年を見ても、事故の総件数が年々減少傾向を示す反面、65歳以上の高齢者による事故件数は右肩上がりで増加。警察庁交通局発表による「2015年中の交通事故発生状況」を見ても、交通事故による総死亡者数4113人のうち高齢者の占める割合が53.3%と過半数を超え、統計がある1967年以降で過去最高を記録している。  このような現状に対処すべく、これまで警察庁は運転免許証の「自主返納制度」の一部を2012年に改正し、身分証明書として免許証の代替で発行している「運転経歴証明書(ゼロ免許証)」の有効期限を無期限に延長。各都道府県でバラつきは見られるものの、返納率は徐々に増えつつあるというが、上記の警察庁のデータでも明らかなように高齢者の事故は依然増加傾向を示しており、未だ事故防止の抜本的な“特効薬”とは言い難いのが現状であった。 「確かに、免許の返納も有効な手段のひとつだとは思います。しかし、この制度は運転する側にその判断を委ねた、いわば“消極的な制度”であり、多少、乱暴な言葉を使えば、『高齢者の運転が危ないから免許を取り上げてしまおう』という考え方にもとれる。これでは、ただの“排除の論理”に堕した付け焼き刃的な制度と言われても致し方ないわけで、そうではなく、ナゼこのような問題が生じるのかというその原因を根っこから掘り下げない限り、根本的な問題解決には結びつかないと考えています」  こう話すのは、高齢者の運転について医学、心理学など多岐に渡る見地から研究し、改善策の提言などを行っているNPO法人「高齢者安全運転支援研究会」の事務局長で、認知症予防専門士(日本認知症予防学会認定)の資格を持つ平塚雅之氏だ。同氏が続ける。 「それというのも、今でこそ若者のクルマ離れが常態化していますが、65歳以上の高齢者の大半や、これからドドッと高齢者群に突入する団塊の世代にとって、クルマは自分自身の“アイデンティティ”の一部とも呼べる存在。なので、いきなり『免許、返して』と促したところで、素直に『ハイ、どうぞ』とならないことは容易に想像しうるし、特に地方で生活されている方にとってクルマは絶対的な必需品であり、仮に免許を返納したくてもできないという方が大多数を占めているという現状などを鑑みると、やはり免許返納制度だけでは抱えきれない問題が多々あると認識せざるを得ないからです」  その“抱えきれない問題”に対処すべく、同研究会では現在、「運転と認知症」の関係性を当面の課題として調査研究しているが、なかでも、「軽度認知障害(MCI)」と呼ばれる認知症の前段階に属する高齢者を早期発見し、的確な処置を施し認知症を予防することで、免許を返納せずに運転を継続可能にする仕組みを模索しているという。とはいえ、現行の免許制度でも75歳以上のドライバーには「講習予備検査」が義務付けられ、認知症の疑いのあるドライバーを3段階で判別するシステムを採用しており、加えてこの度の道交法改正により「臨時検査」も導入されることで、その予防には十分配慮しているように見えるのだが……。同研究会の事務局員で、同じく認知症予防専門士の資格を持つ並木靖幸氏が話す。

3分程度の検査で、アルツハイマー症状が96%発見できる

「実はこの制度には問題点もあって、それは高齢者の権利に対して慎重であるが故なのですが、認知症の疑いが強い『第1分類』の判定を受けた高齢者でも、普通に免許の更新ができてしまうんです。つまり、その第1分類の高齢者のうち、更新前後の一定期間内に何らかの交通事故や違反を犯した者のみが専門医による診断を受け、その結果次第では免許の取り消しや停止を受けるという、いわば未然に防ぐべき事故や違反が発生して初めて機能するシステム体型ということ。’17年からの臨時検査導入で、上記の問題点の一部が改善されることは事実ですが、これには『認知症患者が起こしやすい違反をした際に検査を受けてもらう』という前提条件があり、現行のシステム体系と根本は同じと言えなくもない。そこで、より積極的に認知症ドライバーを識別するシステムとして我々が推進しているのが、国内の認知症研究の第1人者である浦上克哉氏(鳥取大医学部教授)が開発したタッチパネル式の認知症スクリー二ング(もの忘れ相談プログラム)です。3分程度の検査なんですが、96%の確率でアルツハイマーの症状を発見できる上、軽度認知障害の兆候も早期発見できる。このような確かなエビデンスもあり、且つ簡単なスクリー二ングを高齢者向けの運転指導に組み入れることができれば、その効果は決して少なくないと考えています」  先述の軽度認知障害(MCI)の症状が見られる人間に対し、何の治療も行わず1年間放置した場合、「約12%が認知症に移行し、4~5年後には約半数の人間が認知症になるという医学的データもある」(平塚氏)というから、軽度の段階で早期発見し、対策を講じることは確かに有効と言えそうだ。しかし、問題解決の糸口は、何も医学的な根拠やデータばかりではなく、家族や周囲の人間の気遣いや助言が不可欠とも話す。 「脳をフル活動させる運転という作業は、認知症の症状が極めて現出しやすいのですが、しかも、それは必ずと言っていいほど具体的なかたち……例えば、車庫入れがうまくいかないとか、車の右側(運転席側)をぶつけるとか、目に見える形で表れてくるので、家族の方などはちょっと注意していればすぐに気付けるはず。なので、日頃から運転後の車体をチェックしたり、同乗して危険と感じたときは臆せず受診を勧めるなどの対処をとって頂くことは、とても重要なことです。高齢者本人は、加齢による身体機能の衰えは認識しつつも、運転能力には影響しないという錯覚を持つのが常で、なかなか素直には話を聞いてくれないかもしれないが、認知症になってからじゃ手遅れですから。その意味で、高齢者自身が判断できる段階で自覚してもらうことが、最善の策と言えるのかもしれません」(並木氏)  現在、国内で認知症を専門に診断できる医師は約3000人(平成27年時点)。一方、予備群も含めた認知症患者は現段階で約1000万人という膨大な数にのぼり、この改正案が実施される’17年までに、現状の”専門医不足”が解消し切れないことは容易に想像がつく。医師の不足を何らかの形で解決する手立ても併せて考慮に入れてのことならば何も言うには及ばぬが、その場凌ぎの問題として物事の一面のみを捉え、全体を見据えることを怠るならば、それはただ問題を先送りにするだけである。国には、是非ともどっしりと腰を据えて取り組んでほしい課題である <取材・文/藤原哲平> 【NPO法人 高齢者安全運転支援研究会】 東京都港区元赤坂1‐5‐11 元赤坂MS 5F 【email】info@sdsd.jp