仕事相手に見くびられたときの対抗策は?

見くびられた 相手を値踏みし、態度をガラリと変える人がいる。不自然なほど持ち上げたかと思うと、横柄に振る舞う。誠実さのカケラもない輩と出くわしたとき、どう振る舞うべきか。  今回は江戸を舞台に、鰹節商の半生を描く時代小説『商人(あきんど)』(ねじめ正一著・集英社文庫)から不快な“値踏み”への対抗策を探りたい。本作は鰹節商の次男である主人公・伊之助が数多の苦労を乗り越え、傾きかけた家業を立て直していくという物語だ。

「ものごとは何でも大きく、大きく見ることだ」

 これは主人公・伊之助の商売仲間であり、大先輩でもある野間屋の口癖のひとつ。目の前の事象だけではなく、背景や因果関係に視野を広げ、考え抜くことが重要だというのが野閒屋の持論だ。  例えば、不当に軽んじられたなら、相手の不遜な態度が何に由来するのかを探る。横柄な相手ほど、自分より立場が強い相手には丁重になる。ならば、取引先や上司をメールのCC:に入れ、やりとりを円滑にするといった対策も見えてくる。

「商いは人の喜ぶ顔を見るためにするものである」

 本作は主人公・伊之助が「商人はなぜ商いをするのか」を延々考え続ける物語でもある。  一人前の鰹節商になった伊之助が到達した結論が「商いは人の喜ぶ顔を見るためにするものである」だった。  誰しもバカにされれば、悔しく、腹が立つ。だが、横柄な態度に気をとられ、仕事が滞るのは本末転倒。「何のための仕事なのか」を繰り返し自問することは雑念を追い払うのにも役立つ。横柄な態度のひとつやふたつ、些末な出来事にすぎないと笑い飛ばせるようになったらこっちのものだ。

「お前は生け簀の鯛を覚えるくらい、しっかり見ておかねばならなかったのだよ」

 本作の主人公・伊之助も、仕入れ先に見くびられ、“屑みたいな鯛”を高値でつかまされた経験がある。だが、悪いのは見くびった相手ではなく、商売に対する本気度が足りなかったせいだと母親は指摘する。  では、その“本気度”はどうやって手に入れるのか。手っ取り早いのは、自分の仕事を徹底的に好きになることだ。主人公の父親も作中で「鰹節の商いでいちばん大切なのは鰹節が好きで好きでたまらないということだ」と息子たちに諭す。  好きな仕事であれば、四六時中考えても苦にならないし、オンオフを問わずいつも考え続ける。その結果、付け入る隙は減り、足元をすくわれるリスクも自然と減るというわけだ。好きこそ物の上手なれ、は夢物語ではない。 <文/島影真奈美> ―【仕事に効く時代小説】『いかずち切り』(山本一力)― <プロフィール> しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
商人

第3回舟橋聖一文学賞受賞作