中国・上海
旧正月が明けた2月9日、“性都”として有名な広東省東莞市に大きな衝撃が走った。中国中央電視台による、異例とも言える同市の風俗潜入ルポが放映された直後、地元警察が大規模な「掃黄(売春摘発)」に踏み切ったのだ。摘発には、6000人以上の警察官が動員され、300以上の売春拠点が一夜にして消滅した(『鳳凰網』)。
日本企業をはじめ、多くの外国企業が工場を構える同市では、単身赴任や出張者の男性が多いことから、風俗産業が発展。政府も「発展や雇用優先」と、半ば風俗産業を黙認してきた。掃黄は今までも幾度となく行われてきたが、当局の“ポーズ”にすぎなかった。
しかし、今回の規模は桁違いで、影響は風俗以外にも波及している。
『華夏時報』(2月22日付)によると、掃黄から10日間で数十万人の売春婦が東莞市から姿を消し、不動産の賃貸相場が暴落。約2万円だったワンルームの家賃は、半額まで下落したという。
同市の日系メーカー勤務・高島功夫さん(仮名・37歳)は話す。
「掃黄の後、『愛人と同居していると重婚罪で逮捕される』という噂が流れ、大混乱に陥った。地元の金持ちや外国人駐在員は、風俗店より摘発リスクの少ない愛人囲いをする人が多かったから。騒動を受け、自発的に退去した人もいれば、マンションのオーナーに婚姻証明書の提示を求められ、強制退去を促された人もいた。うちのマンションは掃黄の後に引っ越しラッシュが起こり、エレベーターが占領されて迷惑した」
同市の飲食業も破綻寸前だ。当地で日本料理店を経営する島田貴文さん(仮名・34歳)は言う。
「バーやディスコはもちろん、非エロ系の指圧店や、ホステス相手の美容院、ネイル店なども軒並み閑古鳥が鳴いている。うちの客も風俗目当てにやって来る日本人や香港人が少なくなかったんですが、今は現地在住者しか来なくなった。この街は、風俗産業が屋台骨のひとつだった。東莞市の売春産業の規模は年間500億円と言われていたので、周辺産業も含めると、経済的損失は1000億円以上の規模になりますよ」
一方、広州市在住の日系工場勤務、戸田誠さん(仮名・46歳)によると、現地では取り付け騒ぎのような現象も起きているという。
「掃黄の3日後、東莞の街中のATMから現金が引き出せなくなって苦労した。街から脱出する風俗嬢や愛人が一斉に出金したせいだそうですが、ただでさえシャドー・バンキング問題もあるので、地元地銀はいよいよヤバい。春以降、デフォルトする地銀も出てくるでしょうね」
経済的打撃も厭わず、前代未聞の掃黄が断行されたことについて、中国事情に詳しいジャーナリストの富坂聰氏はこう話す。
「今回の掃黄は、それ単体ではなく、思想や風紀の粛正の一環として、地元警察当局ではなく中央政府の指示で行われている。スパやバーなど、売春と関わりのない業種も営業を自粛しているのは、どこまでが粛正対象となるか不透明だから。経済への打撃については、当局も重々、理解しているはずだが、思想や風紀の乱れがそれ以上に問題となっているということ」
経済効果より思想や風紀統制を重んじた地下産業の一斉粛清。その影響は今後どのように現れてくるのだろうか。
<取材・文/奥窪優木>