おつまみスナックの開拓者、「チーザ」リニューアルにあった「挑戦」 【ヒット商品の法則】

大角直史氏

江崎グリコ株式会社マーケティング本部の大角直史氏

 ロングセラーを作るのはそう容易ではない。  まったく変わらないように思えるロングセラーでも、常に味を増やしたり、パッケージをリニューアルするなど細かい変化を常に続けているのだ。 「ポッキー」や「プリッツ」など、お菓子というマーケットで数多くのロングセラーを作り出してきた江崎グリコ。同社が開拓した「お酒のつまみになるお菓子」というマーケットで不動の人気を築いていた「チーザ」もまた、2015年3月24日に劇的なリニューアルを遂げていた。「定番」と化していた人気商品は、どのようなリニューアルを遂げたのか? その狙いは何だったのか? 「チーザはもともと、スルメやナッツなどの乾き物が中心だったおつまみ市場に、製菓メーカーとして打って出た商品でした。2000年初頭、おつまみ市場の規模は年間3000億円。これは実にスナック菓子の2500億円より大きい市場だったんです。少子高齢化などを受け、大人向けの商品への参入を考えていたことや、2003年に酒税法が改正されたことで酒類販売の規制が緩和されたことなどもあり、2002年に本格的におつまみ市場に向けたスナック菓子の開発をスタートしたんです」  そう語るのは、江崎グリコ株式会社マーケティング本部の大角直史氏。そして2005年には濃厚おつまみスナックの「CRATZ(クラッツ)」、ついで2008年に「チーザ」で「大人向けのおつまみお菓子」という市場を自らすすんで開拓していくことになる。  特にチーザは、綿密なプロモーション戦略と、濃厚なチーズの味わいがウケて、発売後、生産が追いつかず販売休止になるほどブレイク。発売から3年で累計1億個を売り上げ、グリコの新たな「ロングセラー」になるかに思われた。  しかし、「大人向けおつまみスナック」というありそうでなかった市場を開拓した一方で、そこが市場として熱いとわかると、競合他社の参入も増加。次第に売り場での扱いも目立たぬようになっていくことに……。  もう一度、手にとってもらうにはどうすればいいか? ここで大角氏らチーザのプロジェクトチームは、ある決断をすることにした。

社内で「絶対に無理」と言われた製法

生チーズ

生チーズの原木は保存条件も格段に厳しくなる

「実は2008年に発売したチーザは、原料保存の難しさや生産工程での品質安定化のために粉末チーズを使用していました。それでももちろん、チーズの味わいを再現できたのですが、当初から開発段階では『生チーズ』を利用したほうが圧倒的に深みが増すことはわかっていたんです。しかし、生チーズは、仕入れてからの運搬、保存するだけでも大変なコストがかかる。さらには製法的にも、撹拌した時に組織が潰れてしまい、焼きムラなどが起こりやすい。そのため安定したクオリティを保つのが難しく、社内的にも『絶対無理だ』と言われていたし、自分たちでも諦めていた。しかし、再びチーザを手にとってもらうには、この『禁じ手』をやるしかないということで、チーザのプロジェクトチームが『生チーズのチーザ』開発に向けて一丸となって団結したんです」  とはいえ、過去に社内で「絶対無理」とされた製法である。反対する声も少なくはなかった。そうした声に対しては、試作品をいち早く作り、実際に食べさせて回ったという。 「2014年の6月にリニューアルを決め、9月にはすでに試作品を作りました。生チーズを使った試作品の味の説得力はものすごいものでした。社内的な了解を取り付けると、安定供給を可能にする製造ラインを作るべく、生チーズ保管用の冷蔵保管庫を新設し、20kgの巨大生チーズ原木を切断するチーズカッターも専用のものを新調しました。さらに開発チームは、50~100サンプルのチーズを食べ比べ、熟成期間による味の差などに影響されない製法の研究を重ねました」  特に、カマンベールチーズは熟成期間によって味や物性の差が激しく、その加工にも苦心したという。

焼きあがった新チーザ。穴の大きさや厚みなど、素材ごとに異なる。ちなみに、旧チーザもカップタイプでは販売中なので食べ比べて見るのも一興

「実はカマンベール味とチェダー味の2つの間で、あのチーザの特徴でもある『穴』の大きさや、厚さなどが微妙に違うんです。各チーズが持っている特性を活かしながら加工するために最適なものになっています」  また、生チーズを使用した加工のために冷蔵庫の新設を行い、原材料費も上がっているはずなのに、生チーズのチーザは、旧チーザの183円から180円へと値下げさえしている。 「商品のリニューアルというのは、ともすれば、パッケージの変更や味のバリエーションを増やすくらいで終わりがちです。特にロングセラーのリニューアルとなれば、ドラスティックにやらねば消費者の皆さんには刺さりません。しかし、今回はチーザの原点に立ち返ることにこだわった。その結果、かつて社内的にも『不可能』とされていた生チーズを使った製法に挑戦したわけで、すでに味の部分で大幅にドラスティックな変化なんです。だからこそ、味も販売当初のチェダーとカマンベール2種に絞りました。さらに、そのドラスティックに変わった生チーズのチーザを手にとってもらいたいという思いから、敢えて値下げすることにしたんです」  原点に立ち返り、その原点にこだわったリニューアル。それはまさしく「ロングセラー」になるためのリニューアルだったのである。 「チーザのプロジェクトチームは、若いスタッフも多く、自分たちで『チーザ』を作ってきたという自負がある。今回の『生チーズの使用』は大きなリニューアルでしたが、これで終わりではありません。ロングセラーにゴールはないんです」 <取材・文/HBO取材班 撮影/我妻慶一>