ロシアのインターネット取引が危機に。間近に迫る「個人情報法」改正を巡り混乱広がる

photo by Steven Arnold(CC BY 3.0)

 4月7日、米インターネットオークション大手のeBayは、自社のロシア人顧客に関する個人情報をロシア国内のサーバーに保存することに同意すると発表した。  これは今年9月から試行されるロシアの「個人情報法」改正を睨んだものだ。  この改正「個人情報法」では、ロシアで操業するインターネット事業者は顧客の個人情報をロシア国内のサーバーに保存しなければならないとの規定が新たに盛り込まれたことが注目される。その何が問題かと言えば、ロシア国内のサーバーに情報を保存する以上、その中身がロシアの情報機関に筒抜けとなるためだ。以前からロシア政府はSORMと呼ばれるインターネット監視システムを運用しており、インターネット事業者のサーバー内に保存されている情報をFSB(連邦保安庁)などの情報機関が自由に閲覧することが可能であった。  といってもこれはロシア国内のインターネット事業者に限った話で、外国企業のサーバーまでロシアの情報機関が監視できていたわけではない。しかし、今回の改正「個人情報法」が施行されれば、ロシア人の顧客情報はロシア国内サーバーに保管せねばならず、したがって情報機関による監視が可能となるというわけだ。  もちろん、これは顧客情報の保護という観点からすれば企業にとっては全くありがたくない話である。かといってこれを受け入れなければロシア市場を丸ごと失うことになるため、各社にとっては悩みどころであった。ロシアの経済紙「コメルサント」によると、ロシアの電子取引市場で外国のインターネットサービスを利用して行われる取引の件数は年間8000万件で、その総額は約60億ドル(ロシアにおける電子取引の約3割)にも及ぶというから、簡単に撤退するわけにはいかない。  こうした中で、初めてロシア国内サーバーへの顧客情報保存を呑んだのが冒頭のeBayというわけで、従来はスイスのサーバーに保管していた顧客情報を今後、ロシア国内のサーバーへと順次移転するという。eBayの子会社PayPalも歩調を合わせる方針のようだ。ロシア国内に370万人もの顧客を持つeBayとしてはとりあえずロシア政府との摩擦は回避したいというところだろうし、これはロシアで操業する他のインターネット企業にとっても同じ筈である。  ただし、今年9月までに全ての個人情報をロシア国内のサーバーへ移すというのは並大抵の話ではない。情報の転送自体は簡単にできても、ネットワークを一から組み直さねばならないためだ。特にロシアの空港を利用する各国の航空会社が反発しているほか、ロシアのIT事業者団体もいたずらに混乱を招くだけであるとして政府に反対を働きかけているという。最近では、本人の同意を条件としてロシア国外に個人情報を保存することを認めるよう法律を改正すべきであるとの意見も出ている。  実際問題として、現代のインターネットユーザーはSNS、ショッピングサイト、通話サービスなど複数のアカウントを持っており、その多くは欧米に本社を持つ。これらの企業が保存している個人情報を全てロシアへ移すとなれば難事業であるし、そもそもそれだけのデータセンターの容量がロシアにあるのかどうかも疑わしいところだ。下手をすれば危機に陥っているロシア経済にさらなるダメージを自ら与えることになりかねない。  改正「個人情報法」の施行まで5か月足らず。これからの動向が注目される。 <文/小泉悠> こいずみゆう●早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在はシンクタンク研究員。Yahoo!ニュース個人(http://bylines.news.yahoo.co.jp/koizumiyu/)や『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆。個人サイトWorld Security Intelligence(http://wsintell.org/top/)を運営