地元民に親しまれる富山ライトレール
ついに長野~金沢間が開業を迎えた北陸新幹線。初めて新幹線がやってくる北陸各地では、まさに“新幹線バブル”に沸いており、新幹線効果に期待する向きは多い。それは地方の鉄道事業者にとっても同じ。そのひとつが、富山市などが出資する第三セクター・富山ライトレールだ。
富山ライトレールは、富山駅北口の富山駅北駅から富山港近くにある岩瀬浜駅までを結ぶ7.6㎞の鉄道路線「富山港線」を運行している。富山港線はかつて国鉄・JRが運行していた路線だったが、2006年に富山市を中心とする第三セクターに移管されて再出発したという歴史を持つ。
2006年の開業当時のことを、粟島康夫社長は次のように振り返る。
「新幹線が富山駅に乗り入れるということで、在来線の高架化をすることになりました。それで利用者の少ない富山港線をどうするか議論になったんですね。お金をかけて高架化するメリットがあるのかどうか。廃止してバスに転換するという話ももちろんあった。その中で、中心市街地の活性化を考えた時に、鉄道という形で残すという結論になったんです」
富山ライトレール代表取締役社長、粟島康夫氏
しかし、ただ単に残すだけでは意味が無い。そこで、路面電車化や駅数、運行本数の増加、運賃200円均一化など数々の施策を行い、利便性の高い路線を目指す前提での第三セクター移管となったのだ。車両も従来の古いものではなく、年配者でも乗り降りしやすい底床式の最新車両を導入するなど、60億円近い建設費を投じて富山ライトレールは誕生した。
その結果、JR時代末期には、1日あたりの乗客がわずか2000人程度だったところ、開業後の利用者は5000人を超えるまでに増加した。利用者の減少に悩む地方の鉄道事業者が少なくない中で、富山ライトレールは成功例として全国から注目を集めているほどだ。
「開業前の段階では、JR時代と比べて利用者が1.5倍くらいになればと思っていました。ですが、開業直後から継続して5000人以上の方にご利用いただいています。これは実際に想定を超える利用者数でして、当初は市から運営費として1億円の支援を受ける予定でしたが、現時点では7000万円の支援で収支の均衡が取れるところに来ています」
実際に平日の日中に富山ライトレールに乗車してみたが、28席ある座席はほぼいっぱいという状況が全区間で続いていた。朝のラッシュ時は、定員80名のところ100人以上が乗車するほどの混雑ぶりだという。これはJR時代には考えられなかったことだ。
「ひとつは利便性が格段に向上したということでしょう。JR時代は運行本数がとても少なくて、日中には1時間以上列車がない時間帯があった。今では日中で15分、ラッシュ時には10分間隔で走らせています」
運行経費を削減するために減便する――。JRを中心に多くの鉄道事業者が赤字路線で行っている施策だが、それがかえって利便性を下げ、さらなる利用者の減少に結びついてしまう。富山ライトレールでは、思い切って列車の本数を増やすことで利便性を向上させ、利用者の増加につなげたのだ。
だが、同時に「鉄道事業者だけでできることには限界がある」とも粟島社長は話す。富山県は100世帯当たりのクルマ保有台数が172.9台にも及ぶ日本有数のマイカー県(日本自動車工業会調べ。2013年度)。今までマイカーを利用していた人が鉄道利用に転換していく環境整備がなければ、鉄道の維持は難しい。厳しい環境の中で富山ライトレールが結果を残している背景には、コンパクトシティを推進する富山市の政策がある。
「全国的に地方の人口は減少しており、それ自体はどうしようもありません。ですが、富山市の場合では過去数十年のスパンで見ると、市の中心部から郊外への人口移転が起きています。道路が整備されて車もひとり1台の時代になり、どこに住んでも利便性は変わらないということで、地価の安い郊外へ散らばっていってしまったんです。それをもう一度中心部に戻そうというのが富山市の方針です。その中で、富山ライトレールも軸となる公共交通機関のひとつとして、市と一体となって取り組んでいます」
富山市では富山ライトレールの駅から半径500m以内に住宅を建てる際に補助金を出すなどの施策を実施。高齢者向けの介護施設などもライトレールの駅周辺に立地した。さらにさらに、ライトレール開業にあわせて平行するバス路線を廃止し、駅までの運行に再編成。駅近くに無料の駐車場を設けてパーク・アンド・ライドも推進するなど、公共交通機関の利用促進につながる取り組みを積極的に行っている。
実際にこうした取り組みは成果をあげており、富山地鉄なども含めた公共交通沿線地区への転入人口は年々増加。マイカーから公共交通への転換も進んでおり、富山ライトレールの調査では平日の利用者の11.5%が以前は車を利用していたという。
「公共交通機関が便利になれば、車の運転ができない高齢者や学生さんも気軽に外出できるようになる。実際に『ライトレールができてから散歩がてら出かけることが増えた』というお年寄りの方もたくさんおられます」
こうした公共交通機関を軸とする政策は、さまざまな点で変化をもたらしているという。例えば、繁華街。ライトレール開業によって終電時間がJR時代と比べて大幅に遅くなったことで、富山駅近くでお酒を飲んでからライトレールで帰宅する人が増加した。富山市の繁華街は富山駅から約1km南にあり、これまでは富山駅周辺は比較的閑散としていたが最近では、新たな繁華街として賑わいを見せつつあるという。
そうした中での北陸新幹線の開業。富山ライトレールに何をもたらすのだろうか。
「新幹線開業で富山には新たに年間20万人の方が訪れるという試算があります。そのうち少しでも多くの方にライトレールに乗っていただきたい。今までは、富山に訪れる人はビジネスがほとんどで、観光客も立山などが目的。ライトレールの走る富山市北部を訪れる人はあまりいませんでした。でも、ライトレールを使えば往復でも1時間程度です。ですから、ちょっとした空き時間があったらライトレールで観光をしてもらえれば。そのために、日中時間帯に乗務しているアテンダントに観光案内が入ったiPadを持たせたり、富山駅に案内所を設けて観光ルートのご提案をしたり。地道にこうしたことを進めていくことが、利用者の増加につながっていくのだと思います」
沿線では地域の各種団体や企業の社員がボランティアで季節の花々を植えたり、中学生による駅の清掃活動が行われるなど、“わが町の鉄道を大事にする”という意識が生まれつつあるという。
コンパクトシティ政策に対しては、その是非を問う声があるのも事実。しかし、人口減少時代を迎える中で、自治体と一体となって利用者を増やしている富山ライトレールには、大きなヒントがあるのかもしれない。
<取材・文・撮影/境正雄(鉄道ジャーナリスト)>