【アナログレコード復活の舞台裏】単なるブームじゃない!?

 1982年に出現したCDにより、その数年後の1986年にはあっという間に売上げを抜かれてしまったアナログレコード。時代はその後、CD全盛を迎えたが、デジタル配信の時代に突入。やがてCDの販売も落ち込み始めた。 アナログレコード さらに時代は変わり、最近、注目されだしているのがハイレゾだ。CDの3~7倍の情報量を持ち、音質がCDより格段に良いとされるハイレゾ音源データをダウンロードして聴くもので、対応プレイヤーはもちろんのこと、ハイレゾ対応のスマホも近いうちに登場予定。ハイレゾ音源配信は、現在、音楽業界では最も注目すべき市場となっている。  そんなデジタル音源配信がすっかり主流となった今、時代に逆行するようにアナログレコードの人気が欧米をはじめ、日本でも復活しつつあるという。  米国では2014年のアナログレコードの売上げが前年比49%アップの800万枚に回復したというニュースが話題になった。日本も同年には、アナログレコードの生産量では40万枚を超え、前年比66%アップとなっている。  日本で唯一、アナログレコードのプレス工場として生き残っている横浜市の東洋化成株式会社は、アナログレコードファンの間ではよく知られている会社だ。その広報担当である萩原直輝氏もアナログレコードの復活を実感している。 「弊社はアナログレコードの生産によって大きくなった会社ということもあり、アナログレコードの生産工場がなくなっていくなかでも、続けられるところまで生産をしようという創業者の想いからレコード生産を続けてきました。アナログレコードの売上で言いますと2009年が底ですが、昨年度はその時の倍以上の売上。今年に入ってから、すでに昨年を上回る受注があるといった状況です。3~4年前からジワジワ来ているといった印象でしたが、現在はフル稼働で何とか生産が追いついているといった状況です」  10年前にスタートした日本最大級のアナログレコードのショッピングモールサイト「サウンドファインダー」でも、サイトを訪れた人の数をカウントするユニークユーザー数が昨年から急激に伸びていると言う。サウンドファインダー代表・新川宰久氏は言う。 「年間の利用者は、2006年が32万7000人で、それが2009年には76万人まで増えた。その後、デジタルの波に飲み込まれて落ち続け、2011年には42万人まで減る一方だったのですが、2012年からまた上がり始めています。今年に入ってからさらに急上昇中で、7週終わった時点で8万人。昨年同時期は5万5000人だったので、十数%増えている感じ。去年より、さらに手応えを感じています」  アナログレコードは、デジタル音源にはない“音の良さ”にこだわる人たちの間でひっそりと支持され続けてきたが、ここ数年、アナログレコードを聞いたことがない若者の間でも人気が高まってきているようだ。  なぜ、ここまでアナログレコードを知らない世代も含め、人気が高まっているのか?   新川氏は「廃業が相次ぐレコード店を盛り上げようと、2008年から米国で始まった『レコードストア・デイ』の影響が大きいと思います」と言う。  この「レコードストア・デイ」とは、米国のレコード店主たちが集まって起ち上げたムーブメントだ。それに賛同した大物アーティストたちがイベント開催時にライブを行ったり、イベント開催に合わせて限定レコードを発売するなどした。  さらに、そのムーブメントがヨーロッパに飛び火し、その波が日本にも押し寄せた。日本でもアナログレコード文化を盛り上げようとする人たちによって同様のイベントが開催され、今年の春にはさらなる盛り上がりを見せることになりそうだ。  なぜ、デジタル音源配信の時代にアナログレコードなのか? 「音楽を聴くのって完璧に音楽データになってしまったんですよね。ボクらの世代、40代くらいからすると、音楽を聴いて楽しむのにジャケットとかレコードとか、やっぱりモノがないと寂しいじゃないですか。そういう感覚っていうのは、今の若者にはないんですよね。CDプレーヤーさえ持っていなくて、スマホの無料視聴アプリで音楽を聞いたりしている。検索するだけで手軽に手に入るし、そのデータは指一本でスラッシュすればカンタンに削除できてしまうわけです。今のアナログレコードが注目されだしたのは、そういう行きすぎた利便性の追求みたいなものに対する反動だと思うんです。やっぱり、音楽ってデータじゃなく、『モノとして“持って”いたいんじゃない?』っていうことを、アナログレコード文化を知らない若者も含めて、何となく感じ始めたのだと思います」(新川氏)  また、アナログレコードの魅力については、「デカいのがいいんじゃないですかね?(笑) 邪魔なんだけれども、ジャケをちょっと飾るだけでもアートになったりする。もちろん、音質的にはハイレゾには勝てませんが、聞こえない帯域はカットされているCDよりは確実に音はいい。もちろん、パチパチ鳴ったりするノイズがありますが、それは“音楽のスパイス”。レコードはまろやかで温かみのある音だと思います。クルクルと回転する盤に針を落として、そのジャケットを眺めたり解説を読んでみたり……。レコードで音楽を聴くというのは、そういった五感を使う行為がひとつのセットになっているところが魅力なんです」と、新川氏は言う。  最近は、こういったアナログレコードの魅力に気づく若いアーティストも増え、自作品をアナログレコードでリリースするというのが、ちょっとしたブームになりつつあるという。  さらに、MP3など、音楽データのダウンロード券付きのアナログレコードがリリースされたり、1万円前後と手軽に買えるUSB接続も可能なレコードプレーヤーなども発売されるなど、デジタル音楽にしか接していない人でもアナログレコードを手軽に楽しむ環境が整いつつあるようだ。  今後、アナログレコード文化はどうなっていくのだろうか? 「ちょっと古い言葉を敢えて使えば、TPOですね。昔は外出する時はカセットテープに録音してウォークマンで聞いて、家にいるときはレコードで聞くというのが普通だった。それと同じで、家ではレコードで音楽を楽しんで、外に出るときはスマホに入れたデータで音楽を聴くといったスタイルを楽しむ人が増えてくるのはないかと思いますね。レコードを持っている人と持っていない人は二極化していたわけですが、何枚かレコードも持っているという人も増えてくれるといいですね。ハイレゾ対応のスマホなども発売されるようなので、家ではレコードで音楽を聴いて、外ではハイレゾ対応スマホで聴くといった人も増えてくるかもしれません」(新川氏)  東洋化成の前出・萩原氏は、こう言う。 「音楽のデジタル化が進むなかで、アナログ独自の魅力を伝えていきたい。規模的にデジタルを超えることはないと思うが、急激に下がることもないと考えています。以前の規模ほどではないにしても、復活してきたアナログレコードを新規事業と捉えて、若い力で発信しつつ、新しいカルチャーとして作っていきたいと考えています」  アナログレコード復活の動きを機に、押し入れにしまいっぱなしだったコレクションを引っ張り出してみようと思うおじさん世代も増えつつあるようだが、若者にとっては新鮮なカルチャーなのかもしれない。アナログレコード文化が今後、どう発展していくのか注目だ。 <取材・文/國尾一樹>