映画ファンにとっての本作の目玉であり、かつ実際に面白さに直結しているのは、監督・脚本を務めたのがガイ・リッチーであることだ。
近年ではディズニーの実写版『アラジン』(2019) などメジャー大作でも演出を任されているが、その作家性が特に強く表れているのは初期の『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998)と『スナッチ』(2000)だろう。スタイリッシュな演出や編集、気の利いた小洒落た台詞回し、クセの強いキャラたちの思惑が絡み合う作劇などがこの2本で共通しており、熱狂的なまでのガイ・リッチー作品のファンを生んでいた。
今回の『ジェントルメン』は、その2本と同様に(豪華キャストだが)作品の規模が比較的小さく、何より群像劇×犯罪映画となっているため、ガイ・リッチー監督の「原点回帰」の印象も強い。だが、同時に「新しいこと」にも挑んでいる。事実、製作のビル・ブロックも、「これは、ガイ・リッチーの過去作へのちょっとしたトリビュート作品だと思ってる。関連するテーマやよく似たキャラクターたちが、この20年間に進化しているんだ」と、過去作を意識しつつも、アップデートもしている作品であると告げている。
© 2020 Coach Films UK Ltd. All Rights Reserved.
その新しいことには、動画をネットにアップすることで脅そうとする下町のチンピラたちが登場するなど、現代のツールが物語に組み込まれていることにもある。加えて、私立探偵の男が「映画の脚本を読むように事の顛末を語る」という「入れ子構造」のような語り口になっているのもユニークだ。
それでいて、何気ないことや、計画の「綻び」が、切なくも滑稽な事態に繋がっていくという、初期のガイ・リッチー監督節は絶好調。例えば、「一緒に和牛を食べようと提案する」という、その時点では特になんてことのない会話に思えるシーンであっても、後の残酷で悪趣味(褒め言葉)な展開に生かされる伏線が、巧みに忍ばされていたりもする。それでいて、オープニングから「えっ!?」となる、サプライズが満載なことも楽しい。
ガイ・リッチーのファンにとっては「待ってました!」と思える内容であるし、ガイ・リッチー作品を知らないという人が観ても、その作家性がわかりやすすぎるほどにわかるため、「入門」としても存分オススメできるだろう。
先ほど「紳士たち」というタイトルがほぼほぼブラックジョークであると書いたが、実は、映画ではなくテレビシリーズとしての企画が進行していた10年前には、「トフ・ガイズ(Toff Guys)」というタイトルが案として考えられていたという。これはイギリス英語のスラングであり、「気取った雰囲気を醸し出す上流階級の人間たち」のことを指しているのだそうだ。
その上で、ガイ・リッチー監督は『ジェントルメン』の内容についてこう話している。「イギリスとアメリカの階級制度という、まるで正反対のものが交わったらどんな事が起きるだろうか。そんな僕の好奇心を刺激する作品だった。キャラクターたちは皆、高級なものに魅力を感じる年齢になり、洗練されているとは言いがたい商売をしながらも、本人たちは洗練されてきているんだ。都会で成り上がってきた、芯はハードボイルドな人間たちが、二つの世界に挟まれて身動きがとれなくなっている。そのうちの一方は、憧れの世界。彼らの商売が、今の彼らが享受しているものにはふさわしくなくなってきているんだ」と。
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この「イギリスVSアメリカ(の階級制度)」という構図は、実質的な主人公であるミッキー(マシュー・マコノヒー)がアメリカ人であることからも見て取れる。
ミッキーは元々は貧乏な奨学生で、イギリスの名門オックスフォード大に合格したものの、勉強そっちのけで非合法の「園芸」を学び、上流階級の金持ち同級生たちに園芸品=大麻を売り始め、それから数十年にロンドンのアンダーワールドで大麻王国を築き上げていた。つまり、ミッキーは「出生にかかわらず平等に成功のチャンスがある」という意味での(思い切り違法ではあるが)(舞台はロンドンであるが)アメリカン・ドリームを努力で叶えた人物であるのだ。
一方で、ミッキーの周りの人物は、舞台がロンドンであるため、もちろんイギリス人がほとんどだ(チャイニーズマフィアもいる)。
そのイギリスの階級制度は、一般的には単純に優劣を示すものではなく、「どの階級の人たちも自分の属している階級が一番快適であるという意識」があるとされている。だからこそ、劇中でイギリスの紳士、いや気取った雰囲気を醸し出す上流階級の「トフ・ガイズ」が血眼になってアメリカン・ドリームを横取りしようと企むこと、そもそもアメリカ人のミッキーがその場所で英国紳士以上の財を成したことが、「自分の階級に満足しているはず」のイギリスの階級制度に対しての、痛烈なブラックジョークにも思えるのだ。
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加えて、劇中では「下町のチンピラ」も、ネットの動画という現代のツールを利用して争いに参加する。さらに、大麻の合法化の噂もあり、今までの非合法の商売が成り立たなくなることも示唆されている。ガイ・リッチー監督の言うように、登場キャラの多くは「洗練された大人」になってはいるのだが、そうではないチンピラの若者たちが事態を掻き乱し、時代の流れのおかげもあって、イギリスの階級社会も、今までの努力も関係なくなる、「勝てば官軍」なバトルにもなってくるのが、これまた滑稽かつ切ない。
ガイ・リッチー監督は、本作について「正反対の文化やサブカルチャー、そして社会の上流と下層を描くのも楽しかった。観客にもその楽しさを味わってもらえたら嬉しい」とも語っている。表向きは不謹慎な笑いが満載の犯罪映画であるのだが、しっかりと舞台となるイギリスの階級社会の文化(階級社会)の揶揄が込められている、「社会派」の一面があるのも、本作の美点だろう。