――「産みたくない。けど、残したい。」いう言葉がキャッチコピーですが、「産みたくない」という言葉には、「男性に好かれなければ子孫を残せない」ということや「子孫を残すに際して女性だけが痛みを負う」ということに対する拒絶が含まれているのでしょうか。
川崎:それもあります。出産経験はありませんが、友達に「裂けた」「帝王切開になった」などの話を聞くと、やはり怖いという気持ちはどうしてもあります。それを乗り越えて、お母さんになっている人は尊敬します。また、当時は男性に対する苦手意識もありました。恋愛すら苦手意識を感じていた時に社会からも親からも「産め」と言われることが辛かったですね。
――周囲が結婚を勧めるのは、不況なので結婚がセーフティネットになることもあるのでしょうか。
川崎:そうですね。私たちは、産まれた時からずっと不景気で、給料も簡単には上がらないと言われてきた世代です。そういう中で10年後、20年後もずっと一人で生きていくということは考えられません。「若いうちに誰か捕まえないと将来が不安」という発想はあると思います。それは「女は結婚しなくてはならない」という昔からの慣習とは別に、もっと切実な経済力を得るための結婚なんです。
©「Eggs 選ばれたい私たち」製作委員会
そういうこともあるので、年齢、学歴、収入などの面でいい条件の人と結婚できるよう、自分を高く売ることに必死な婚活中の女性たちもたくさんいます。
――「産みたくない」という一方で、「残したい」とも言っていますね。
川崎:「残したい」というのは社会から「産め」と言われているのに産んでいないという罪悪感を解消したいという思いがありました。
それからもう一つは、純粋に「自分のために産みたい」という思いでしょうか。30歳手前だった当時、キャリアウーマンの40~50代の先輩に「結婚はしなくて良かったと思うけど、子どもは産んでおけばよかったと思う」と言われたことがあります。「自分もそう思うのかも」と感じた時に、不安になり、「後悔したくない」と思いました。40~50代になった時に実際どう思うのかはわかりません。でも、自分の血を分けた子どもがいれば、その後悔が和らぎそうな気がすると。
また、別のTV局のプロデューサーの女性が「同期の番組制作をしていた女性が、子どもができた途端に総務部に移って子ども中心の生活をしだした時に、カルチャーショックを受けた」と言っていたのも聞いたことがあります。そんな男社会でバリバリやって来た人でもそういう道を選ぶのかと、少なからず思うところがありました。
――タイトルには「選ばれたい私たち」とありますね。
川崎:子どもを産みたいと思っていても、精子バンクなどが一般的でない日本の社会では「男の人に選ばれないと子どもを産めない」という現実があります。また、日本は「就活」や「婚活」になると、自分に対してネガティブに感じてしまう風潮があると思っています。
両方とも自分が相手を選ぶべき機会なのに、「選ばれなくては」と思っている。それがとても私達の世代らしいなと。先程のキャリアウーマンの先輩の話もそうなのですが、「私の生き方はこれでいい。だから幸せなんです」と開き直れたら、みんな幸せなのにと思います。でも、開き直れない自分たちがいる。
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――30歳手前だった頃の川崎さんは「男性に選ばれなくてはならない」という思いが強かったのでしょうか。
川崎:強かったと思います。小学校、中学校、高校では「男女平等」が謳われ、その通りに教わるのに、大学進学や就職活動など社会に出る時期が近づくと共に、「あなたは女性だから」と言われてしまう。女性だから浪人させてもらえなかったという話も聞きますし、実質的に男性よりも女性の方が狭き門になっている職種や会社もたくさんあると思います。
婚活にしても自分は納得していて「まだいい」と思っているのに、バッシングではないのですが「本当にいいの?時間ないよ、後悔するよ」と責め立てられると気持ちが揺らいでしまう。確かに、出産を考えたら結婚が早い方がいいのはわかっていますし、周りの人たちも後から後悔しないようにアドバイスしてくれているのはわかっています。でも、仕事とは異なり、相手のあることなので自分の努力だけではなし得ません。
だから余計に悩むというか。ところが、30歳を過ぎたら逆にスッとそのもやもやした気持ちがなくなりました。婚活をやっていた20代後半は、映画や脚本の勉強が疎かになってしまっていましたし、そういう自分が嫌になっていたところもありました。「これでは男性に選んでもらえるわけがない」とその時は悩んでいました。私が自分に納得して生きるにはどうすればいいのだろうと思った時に「自分がやりたいことをちゃんとやって結果を出すことだ」と思ってから、婚活もスパッと辞めました。
――今は吹っ切れたという感じでしょうか。
川崎:そうですね。映画でも描いていますが、婚活は自分の生き方を見つめ直す機会だったということです。リアルに「本当に結婚したいのか」「子供が本当に欲しいのか」と考えた時に、「結婚したい」「子どもが欲しい」という回答を周囲が望んでいるからそう言っていたところもあったと思います。今思うと、お見合いの時に「趣味は料理です」と言った方がいいのではないか、というようなレベルです。
でも、「私は本当にどう思っているんだろうか」と真剣に自分に問うてみると、子どもがいない人生でもいいし、結婚しない人生も楽しそうだと思っていると自分もいることに気付きました。
――現代の女性は「就活」「婚活」「妊活」という「活動」に追われていますよね。
川崎:大学時代には演劇をやっていましたが、普通に就職活動をして、会社に勤めて結婚して、今は子どもがいるという友達がいます。彼女は子どもを産んだ時に、「自分の人生のチェックリストに全部点が付いた」という言い方をしたのに驚きました。
「ちゃんとした会社に勤める」「結婚をする」「子どもを産む」という人生のチェックリストがあって、全てに〇が付いていないと幸せな女性として生きているという気がしないようです。その考え方には「なるほど」と思う部分もありますし、もちろん、そういう人生を否定するわけではないです。
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でも、それが向いていない人もいますし、そういう人生を送りたくても不器用でできない人もいる。なので、「チェックリストに全て〇を付けなければならない」と思い込まない方が幸せに生きられる気がしています。ちなみに、私は私なりに今ちゃんと幸せです。
――お母様との関係も変わったとのことでしたね。
川崎:20代の頃から、自分の母のことは大好きだし、仲良しです。でも、20代後半には「あなたはなぜ結婚できないの?」と責められたこともありました。従姉妹の結婚式に行った時にも親戚に似たようなことを言われましたね。
母には孫を見せられない後ろめたさみたいなものがあって、電話が来ても、折り返すのが億劫だった時期もありました。でも、今は映画監督という私の生き方を喜んでくれており、母とはきちんと向き合えていると思います。電話もメッセージもしますし、一緒にご飯を食べに行ったりもします。
――映画を撮り終えた今、子どもを産みたいと思っていますか。
川崎:今はどちらでもいいと思っています。結婚に関しても、してもしなくてもいい。清々しい気持ちですね。というのも、作りたいものを作って見てもらえて、仲間ができればそれで幸せだし、作品は子どもになるからです。「結婚するかしないか」「出産するかしないか」の二者択一を選ばなくてはならないと思い込んでいた20代からは解放されて生きていますね。
――女性は自然妊娠のリミットが来ると言われている38歳ぐらいから42歳ぐらいまで、また悩むと思います。
川崎:38歳で仲の良かった友達がいたのですが、コロナになって自分の将来が不安になったのか、急に婚活しだしてすぐに結婚した友達もいます。ただ、どちらがいいとか悪いではなくて、みんな違ってみんないいということですよね。
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この映画のラストも「これが正解だ」決め付けはしていません。やはり、この映画を作るきっかけとなった新聞記事に対するバッシングで覚えた違和感を大切にしたかったんです。自分に納得して今の自分でいることを他人に裁かれる必要はないし、自分も目の前の人を裁く必要がない。そのことを多くの人たちに気が付いて欲しかったんですね。「婚活」「妊活」で悩んでいるすべての人たちにこの映画で楽になって癒されて欲しいです。
――これから撮ってみたいテーマはどのようなものでしょうか。
川崎:自分はずっと女性の生き方をテーマに作品を撮ってきましたが、今回の作品でようやく自分の気持ちに区切りを付け、穏やかでフラットな気持ちになれたと感じています。そうなってみて感じるのは、今までの自分はフェミニズムを「男性に対抗する」というようなイメージで頑なに捉えていたということです。
でも、フェミニズムは「女性を優遇して欲しい」というものではなく、「男女関係なくフラットでいましょう」ということだと思うんです。男性でもフェミニストはいるはずなのに、勘違いして「男はどうせ」とか「この世代の人はどうせ」とか、カテゴライズして決め付けていた気がするんです。
そういう無意識の決め付けが今の社会には多くあるような気がしています。映画を観た人たちが、そのことに気が付けるような問題提起をできる作品を作りたいです。
<取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。