(c)「街の上で」フィルムパートナーズ
一昨年『愛がなんだ』(2019年)でブレイクを果たした今泉力哉監督。群像劇や恋愛映画の名手として知られ、近年では『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)など商業映画の世界で数々のヒット作を生み出している。
しかし、その原点は自主映画にあり、
『街の上で』は「自主映画の撮影」を題材とした、まさに原点回帰とも呼べる、かつ、これまでの今泉映画を総括する「最高傑作」とも言うべき作品だ。
本作は、下北沢の古着屋で(本を読みながら比較的ぼんやりと)働く青年・荒川青が、ふとしたきっかけで自主映画の撮影に呼ばれるというできごとを軸として、監督の高橋町子、スタッフの城定イハ、ひいては行きつけの古本屋の店員・田辺冬子や、最近別れた恋人・川瀬雪など、数日間における女性たちとのなにげない接触を描く。
逆に言えばただそれだけの、特別なことは何も起こらない映画だが、それがなぜここまで面白くなるのだろうか(これは筆者の主観のみではなく、試写などで事前に本作を鑑賞した知人に聞いても、その多くが絶賛の反応となっていることを受けての記述である)。
今回は制作のきっかけや「笑い」への意識、独特な登場人物の名前の法則性などについて、監督に話をうかがった。
スタートは「古着屋で本を読む主人公」という着想から
――企画のきっかけについて、改めてお話いただけますか。
2018年の頭ぐらいに、同年の10月に行われる第10回下北沢映画祭にお披露目する映画を作ってもらえませんかという依頼をいただいて、それが始まりでしたね。この時は長編か短編かという制約もなく、予算感は自主映画+αぐらいの感じでした。ただ、その年は『愛がなんだ』と『アイネクライネナハトムジーク』の撮影があって、スケジュールを空けることが厳しかったんです。
今泉力哉監督
そのため、第10回の映画祭ではまず作品の製作発表をして、翌年の第11回で完成した映画をお披露目するのなら可能かもという話をしました。もともと下北沢映画祭には自主映画のコンペティション部門に応募したり、また逆に審査員を務めたこともあり、縁のある映画祭だったので恩返しの気持ちもありました。
――下北沢という街に思い入れはあったのでしょうか。
今は神奈川に住んでいますけど、それまでは笹塚に住んでいて、比較的近いので下北沢に行く機会は多くありました。ただ、行きつけのお店がいくつかあるくらいで、すべての街より大好きとかはなかったです。ロケ場所としては、話をもらってから新たな場所を調べるというよりは、自分が知っている場所で撮ろうという感覚でした。ザ・下北沢みたいな風景は「ザ・スズナリ」くらいで、基本的には自分のこれまでの行動範囲で撮影しています。
――もともと古着屋で本を読んでいる主人公や、学生映画を撮るというイメージがあったということですが、「古着屋で本を読む主人公」はどういうところから発想をされたのでしょうか。
(c)「街の上で」フィルムパートナーズ
撮影をはじめる前後に、本を読んでいる寡黙な人、またそもそも本を読むという行為や、手紙を書くような動作に惹かれていた自分がいて、それを作品に反映させた感じです。また、主人公の性格から逆算したところはありました。最初、青は無口という設定で、古着屋でぼーっとして、まわりで起きていることになんとなく巻き込まれるようにしようと思いました。そういう内省的な行動を中心にしようと考えて、そこで読書が出てきたところはありましたね。頭に思い描いていたのは、アキ・カウリスマキや二ノ宮隆太郎の映画などです。
――なるほど。ただ、作中ではいつのまにか、主人公の青はけっこう饒舌になりましたけど、なぜそうなったのでしょうか。
私自身がめちゃくちゃおしゃべりなんで、それが青に受け継がれてしまったのかも。また、自分の場合、作劇においてはどうしても台詞が大きな要素になる。そこも大きいです。