<アカデミー賞最有力候補>車中生活をする高齢者を描いた『ノマドランド』。原作者に聞く

キャンピングカーで生活する60代のファーン

(C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

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 ベネツィア国際映画祭金獅子賞、トロント映画祭観客賞を受賞し、本年度アカデミー賞最有力候補とされるクロエ・ジャオ監督『ノマドランド』が全国の劇場で公開されています。  60代のファーン(フランシス・マクドーマンド)は、キャンピングカーに亡き夫との思い出を詰め込んで、長年住み慣れたネバタ州の町、エンパイアを旅立った。かつては大手企業の石膏採掘とその加工工場で栄えていたが、不況のあおりで町そのものが閉鎖され、住民が立ち退くことになったのだ。  広大な荒野を走り、生活費を稼ぐためにAmazon配送センターで短期の雇用契約の仕事をし、夜になると車の中で眠る。そんな<現代のノマド=放浪の民>としてファーンは生き始めた。  タイヤのパンク、エンジントラブルなどに見舞われながらもその日を懸命に生き、路上生活を続けるファーン。ファーンは旅を続ける中で、定住よりも路上へ惹かれていく。なぜファーンは路上生活を選ぶのか、その心象風景は――。  今回は、取材のために自らも3年間にわたってノマド生活をつづけたという同作の原作となったノンフィクション『ノマド 漂流する高齢労働者たち』(春秋社)の著者、ジェシカ・ブルーダーさんにお話を聞きました。

リーマンショックは単なるきっかけ

 アメリカの大自然の中をどこまでも走り抜ける1台のキャンピングカ―。運転席に座る夫に先立れたファーンはキャンピングカーを‶先駆者″と名付け、引き出しやカウンターを入れてその中を使い勝手の良い空間に変えていた。そして、勤務先のAmazonと寝床のキャンピングカーの往復を続けていたある日、スーパーマーケットで代用教員を務めていた頃の教え子に出会う。  「先生はホームレスになったの?」と問いかける教え子に対して、ファームは「‶ハウスレス″、別物よ」と誇らしげに答える。  大企業勤務だった亡き夫との思い出を慈しみ、街のスーパーマーケットで教壇に立っていた頃の教え子と出会う。そのシーンだけを見ると、典型的な中産階級の女性の姿に見えるが、彼女は車上生活を余儀なくされているのだ。
ジェシカ・ブルーダーさん ©Todd Gray

ジェシカ・ブルーダーさん ©Todd Gray

 ジェシカ・ブルーダー氏によると、ノマド=車上生活を送るのは、劇中のファーンのような「リタイアできない65歳以上の高齢者」と「20代前半の若者」だという。年齢層は二極化しているようだが、ノマドを生んだ要因はやはり2008年のリーマンショックによる経済破綻なのだろうか? 「ノマドライフを送っている人たちのきっかけは様々ですが、もちろん、リーマンショックも大きな原因です。投資ブームでサブプライムローンを組んで住宅を購入し、リーマンショック後ローンを払えなくなったという人もいます。また、投資していた株が急激に値下がりしてしまったなどの理由で車上生活を余儀なくされている人もいます。  ただ、リーマンショックによる持っていた資産の低下というのは一つの要因に過ぎないと感じています。女性に多いのは、リーマンショック以前も賃金が安いので元々ギリギリの生活をしていた人たち。ギリギリの生活の中で子育てに掛かる費用や高額な医療費を賄っていたので、経済が破綻した時には貯金がなかった。しかも、高齢なので正社員としては雇われにくい。それでキャンピングカーで短期労働の仕事を求めて放浪するノマド生活に入ったという人たちも多いです。元々車上生活をせざるを得ない潜在的な要因がたくさんあったところに、リーマンショックがきっかけになって一気に貧困状態になったのではないでしょうか。
(C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

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 一方、20代のノマドたちは、大学を出ても仕事がなかった人たちです。しかも、奨学金が借金になっているんです。また、大学を出ても仕事がないので、大学には行かずに、しばらく世の中の情勢を見ようと、車上生活をしながら短期契約の労働を繰り返しているノマドもいます。  また、子育て世代である30代から40代にもノマド生活を送っている人たちがいます。彼らは子連れで車上生活をし、子どもたちにはロードスクーリングというプライベートな形での教育を受けさせていますね」
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ノマドたちのリアルな心情は
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