<アカデミー賞最有力候補>車中生活をする高齢者を描いた『ノマドランド』。原作者に聞く

ノマドたちのリアルな心情は

 劇中にはノマドの言わばメンターな立場にあるボブ・ウェルズ本人が登場する。「私の目的は救命ボートを出して多くの人を救うことだ」と宣言するウェルズは、ラバートランプ集会(Rubber Tramp Rendezvous)を定期的に開き、大勢のノマドたちと交流する。焚火を囲んで語り合う彼らは「定住」という常識に縛られて、死ぬ時に後悔したくないと口々に語る。劇中のファーンもこの集会を訪れ、交流を楽しむ様子が映し出される。
(C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

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 ボブのwebサイト『安上りRV生活』(Cheap RV Living.com)にはリーマンショック以後、失業した人、貯金を失った人、家の差し押さえが決まった人たちからのeメールが毎日届いたという。ボブは困窮した人たちに「普通の暮らしを捨てて車上生活を始めれば、ぼくたちをはじき出す現在の社会システムに異を唱える‶良心的兵役拒否者″になれる。ぼくたちは生まれ変わって、自由と冒険の人生を生き直せるんだ」と語りかける。こうしたメッセージに多くの人々が励まされ、ノマドライフに突入したという。  取材のために2014年から3年間のノマドライフを実行したというジェシカさんは当時、どのようなことを感じていたのだろうか? 「確かに、ノマドたちは自分たちの生活を肯定的に捉えていますが、必ずしもそれが全てではないと思っています。ノマドのメンターであるボブにも取材しましたが、彼は離婚で月収の半分の生活費を前妻と2人の息子に生活費を渡すことになって、自分の家を借りられなくなり、止むを得ず車上生活をすることになりました。その頃は毎晩泣きながら『ホームレスになってしまった』と嘆いたそうです。
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 ホームページや集会で発する彼のメッセージはポジティブです。でも、それは充実したノマドライフが送れているからこそのこと。ノマドライフをせざるを得なくなり、その生活に入ったばかりの頃は誰もが明るいわけではないと思います。  私自身は、ノマドライフを送る中で、いろんな人に会って話を聞くことでポジティブになれました。しかし一方で、何かトラブルがあった時に頼るべきシェルターもなく、車さえも失う人が出て来るのではないかという心配も感じていました。

政治に関心がないノマド

 ところで、ジェシカさんが取材を開始したのは2014年からの3年間。ちょうどアメリカ大統領選でトランプ前大統領が選ばれた頃と重なるが、ノマドたちは共和党と民主党、どちらを支持していたのだろうか?その点について質問をするとこんな答えが返ってきた。 「私が会ったノマドたちは政治の話をしなかったのでどの党を支持していたのはわからなかったです。彼らは政治を諦めているということを感じましたね。政府は自分たちの問題の解決法を見出してくれない、自分で何とかしなければならないと考えているからこそ、ノマドになったのではないでしょうか。
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 本が出版されたのは2017年ですが、アメリカはその後も経済的な格差が広がり平等が失われてきています。最近でも、大企業のCEO達は、一般の人たちの賃金の320倍を受け取っているというレポートが公表されました。パンデミックが起きてからも一部の大企業は利益を出し続けているのに、一方では大量の失業者が出ている。今のアメリカ社会は非常に二極化が進んでいます。しかも、賃金が低いまま家賃だけが上がっています。負債ばかり増えている人が、今後もより多く車上生活に入っていくのかもしれません」
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ラストシーンに何を思うか
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