間近で目にした般若やKOHHのカリスマ性。自身の限界を悟って就職の道を選んだラッパー、アスベスト<ダメリーマン成り上がり道 #40>

就活の合間に般若のライブに出演

 正社員:「アスベストは『戦極MC BATTLE』ではサブ司会の立場だったし、戦極のレーベルの『戦極CAICA』からアルバム『FA宣言』を出すことも決まってたんだよね(2015年3月リリース)。それが11章(『戦極 MC BATTLE第11章 関西無双編 』2015年2月21日)のイベント直前で、『イベントには参加しないし、ラップもやめる』って言われてさ」  アスベスト:「あのころは本当にいろいろなことが一気に起きて大変だったんだよ。般若さんのライブに出たのは就職の一次面接と二次面接のあいだだったし、同時につき合っていた彼女と結婚の話も進んでたし。あとアルバムも元々はもっと早く出す予定だったんだけど、リリースが遅れちゃったんだよね」  正社員:「アルバムが遅れたのは何でだったっけ」  アスベスト:「正社員くんが俺のアルバムが少しでも売れるようにと、チプルソくんをフィーチャリングに呼んだりとか、いろいろな根回しをやってくれた結果だったと思う。  そうやってリリースが遅れるあいだに、僕は就職の方向に考え方が完全に変わっちゃって、アルバムリリースの半年前の2014年の12月にはもう就職してたんです」  正社員:「俺がお金出してアルバム作ったのに、『ラップもやめる』みたいな話になったからさ」  アスベスト:「それは本当に申しわけないと思ってます……。ただ、ラップをスッパリやめるつもりはなかったし、正社員くんにも最初は『ラップをやめる』とは言ってなかったと思うんだよね。  ただ、銀行員時代に中途半端に仕事をした結果、まったく使えない社員になった過去があったから、『少なくとも一人前になるまでは仕事に集中しなきゃ』とは思っていて。それで今の仕事を始めたら、やっぱり難しいことが多かったし、1年や2年で一人前にはなれないなと感じたから、そこで正社員くんに『ラップ自体やめる』って言ったのかな」  正社員:「言ってたね。俺が戦極の司会をやってるのも、『アスベストが戻ってくるまでは』ってつもりだったんだよ」  アスベスト:「でも就職する話もすげえ相談したよね。それで正社員くんも最後は『就職はしておいたほうがいい』って話になったし」

ラッパーが「ラップをやめること」の難しさ

 正社員:「当時はいろいろあったけど、俺が『アスベストはすごいな』と思ったのは、そうやってラップをやめられたことなんだよね。  たぶん、これからの時代のラッパーって、40歳になっても50歳になってもやめないことが普通になっていくと思うんだよ。全然売れてないけど、この業界にしか知り合いに居場所もいないし、ちゃんとしたレコーディングも年に1回くらいしかできないけど、ズルズルとラッパーを続けてる……みたいなね」  アスベスト:「正社員くんとこの話をするといつも議論になるんだけど、俺は別にそういう生き方もいいと思うよ。ラッパーが売れなかろうが・何をしようが、本人の勝手だと思うから。  あと俺は、『ラップで食べていくのを諦めること』と『ラップをやめること』は別のことだと思ってるから」  正社員:「俺も別にそういう生き方無茶苦茶いいと思ってるよ。でもほとんど活動してないのに、若手に説教とかしてる30代・40代とか見てて辛いのよ」  ――仕事を続けるなかで「ラップをやめる」という決断にも至ったんですね。  アスベスト:「僕は今、求人広告のコピーライターをしているんですけど、そこで物を書くことで、自分の欲望がかなり満たされちゃった部分があるんですよね。それに加えて『お金がもらえる』というのがやっぱり大きかったです」  ――なるほど。  アスベスト:「ラップって、お金にならない限りは自己満じゃないですか。僕はラップで食べていくだけのお金を稼ぐのは難しいと感じたし、自己満の域を出るのは無理だと感じたから就職をしました。  でも就職をしたら、自分が書いた文章によって月給制とはいえお金がもらえた。要は自己満じゃないクリエイティブできているという点で、『ラップより全然いいな』って正直思っちゃったんですよね」  ――正社員さんから見ていると、ラッパーにとって「ラップをやめる」という決断はそう簡単にはできないものに感じますか?  正社員:「俺らの世代のラッパーは、あまり売れなくてもやめていない人が多いですからね。年に1回しかライブをしていない人が『ラップを続けてる』と言えるのかはちょっと怪しいと思うけど、アスベストくらいスッパリとラップをやめた人は珍しいと思います」  アスベスト:「あとラップを続けている人のなかでも、その人によって続けている理由は全然違うと思うしね。『楽しむため』とか『自己実現のため』にラップをしている人で、別にちゃんと仕事を持っているなら、年に1回程度のライブ活動を続けるのは、僕は全然アリだと思うけどね。  でも一方で、『ラップで食べていく』のが目的なら、売れる仕組みやウケる仕組みを作らなきゃいけないし、それを頑張っても生活が成り立たないならやめたほうがいい。  あと、売れるためなら何でもしていいわけじゃないからね。僕は『正社員くんの言うことを聞かなくてよかった』と思うこともありますよ」  正社員:「今でも覚えてるけど、俺はアスベストに『お前が一回死んだことにしてアルバムを売り出そう!』とか言ってたもんね。冗談でも言っちゃいけないことすぎるよな」  アスベスト:「ホントめちゃくちゃですよ!」  正社員:「さすがに今考えたら、むっちゃ間違っていると思う(笑)。でも『あのとき、どうすればアスベストはもっと売れて、活動を続けることができたのか』とは考えるよ」  アスベスト:「違う戦略を立てれば多少は売れたのかもしれないけど、どんな戦略でもメチャクチャ売れることはなかったと思うよ。僕が般若さんのアルバムに参加させてもらったのは28歳のときだけど、その年齢がもう遅かったと思う。あれが25歳だったら、また違う戦略を立ててラップを続けていたかもしれないです」 <構成・撮影/古澤誠一郎>
戦極MCBATTLE主催。自らもラッパーとしてバトルに参戦していたが、運営を中心に活動するようになり、現在のフリースタイルブームの土台を築く
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