上西:全国紙と地方紙で、また違うのかなとも思っています。東京の、例えば毎日新聞にしても朝日新聞にしても、新聞報道だけやってるわけじゃなくて、例えばオリンピックのパートナー契約をしていたりとか夏の甲子園大会を主催していたりとか、いろんなことに関係している。そうするとオリンピックについては批判的に報じられないとかそういうしがらみがあって、そこはむしろ地方紙のほうがはっきりと報じられるのでしょうか?
松本:国政に関して言えば、地方紙の方が距離があり、直接的な関わりが薄い分、スタンスを明確にできるというのはあるでしょうね。でも、地方の行政や政治に関しては必ずしもそうではない。
大阪の例で言えば、維新行政ってイベント行政みたいなところがあるので、やれパレードだライトアップだといった事業に、メディア企業がちゃっかり一枚噛んでいる。2025年には大阪関西万博が予定されていますが、行政と一緒になってそれを推進しているし、「地元の優良企業」であり、維新と関係が深い吉本興業とのしがらみもある。大阪城公園に、事実上、吉本興業専用のような劇場が三つもあるんですけど、その運営会社には関西の民放5局が全部出資している。広告収入や購読者が減り、経営が厳しくなっているメディア企業に旨みをもたらしてくれる政権与党が維新なわけです。
これは、ある全国紙の大阪本社の記者に聞いたのですが、与党やスポンサー絡みの批判的な記事を出して、クレームが付いたりネットで攻撃されたりしても、報道局のフロアはわりと泰然としている。けれども、販売局や広告局から「あの記事、大丈夫なんですか。マズいんじゃないですか」と言ってきたり、回りまわって東京本社から「大丈夫なのか」と問い合わせが入ったりする。そうすると、当初は泰然としていた大阪の報道局幹部も動揺し始めて……みたいなことがあるそうです。
メディア企業の経営が盤石な時代であれば一蹴できたことでも、どんどん厳しくなっている現在では、経営的な配慮や懸念から報道がつい及び腰になってしまうということがあるかもしれません。
上西:そうなっていくと報道が報道として形骸化しちゃうじゃないですか。ちゃんとした報道が生き長らえてくれないと私たちは困るんだけど、どうしたらいいのかなと思っていて。
松本:さっきお話しした「正しいと思うことを報じても、読まれなきゃしょうがない」というある種のリアリズムが蔓延していて、それは結局、ジャーナリズムと経営の両立は成り立つのかという話になっていくと思うんですね。権力に対して批判的な視点を持ち、事実に即した読み応えのある記事をどう担保していくか。読者や視聴者に本当に求められている、届けるべき情報は何か。そこを抜きにして、「PVや視聴率稼げたらいい」「しかも極力コストはかけず」というような話ばかりになっていくと、ジャーナリズムは死んでしまうと思います。取材というのは人も手間もお金もかかり、効率化や経済合理性だけで考えると、無駄の方が圧倒的に多いですから。
上西:そこに記事が無料化していたという問題も絡んでいて、割とリベラルな人も、「なぜこの記事が有料なんだ」と言う人たちがいて、それはマズいなと私は思っているんですよね。本がなんで有料なのかとは言わないし食べ物もなんで無料で出さないんだって言わないのに、情報については無料であるべきだってくらいにそこの境界が立てにくくなっている。でも新聞はやっぱり有料じゃないと批判的な内容を含んだ報道って成り立たないと思うので、そこを如何に私たちが買い支えるかが重要だと思うんですけどね。
松本:そうですね。これもネットという情報インフラがもたらした変化であり、悩ましさだと思います。もうみんな当たり前に、ネットの中で読む記事は無料が普通だと思ってしまっている。一本一本の新聞記事を書くのに、どれだけの人的リソースと経費が掛かっているかということに対して、われわれを含めた受け手の側が無頓着になっている感じが多分にしますよね。
しかし、だからと言って、すべての記事を有料登録しないと読めませんとしてしまうと、そのメディア自体がもう読まれなくなるから難しい判断で……。結局のところ2000年代から言われている、ネットでどう稼ぐんだというビジネスモデルがうまく確立されていない、いろいろ試すけれど、これという道を見つけられていないという問題なのでしょうね。
上西:毎日新聞統合デジタル取材センターなんかはネットで有料で長文の深掘りした記事を誌面と差別化して出していて、それを月額登録して有料購読してくださいと求めています。なんで無料で出してくれないのかと言われると、手間暇かかっているのですといちいち丁寧に返している。あれは私は、「何をそんな勝手な」とは思わないで大事な取り組みだと思うんです。
松本:時間と手間暇をかけ、視点や問題意識も、もちろん取材もしっかりした記事を読者のみなさんは応援するつもりで読んでほしいし、そうやって読者が買い支えないと新聞社の経営が成り立たなくなって、どんどん劣化していくということを、どれだけ理解してもらえるかにかかっていると思いますね。
上西:そう。そのときに、「いいものは黙っていても読まれるはずだ」じゃなくて、「買い支えてくれないと報じる体制もなくなっちゃうんですよ」というその内情もちゃんと私たちが知っておかなきゃいけないし、むしろそれは伝えてくれたほうがお互いの構造的な理解として大事だと思うんですよね。
書かれた記事が全てだっていうのじゃなくて、まともな情報がまともに私たちに届くためにはそういうインフラ的な構造が大事であって、そのためには私たちが果たせる役割って何だろうとかね。買い支えるのは一つそうだし、あとは、「なんでもっと批判的な報道をしてくれないんだ」という意見に対しては、「ファクトで語らせるのが記事の役割であって、でもその記事に皆さんコメントしてください、コメントする素材として記事はあるんですよ」と例えば言ってくれたら、コメントをするに足る内容が盛り込まれている記事とそうでない記事を私たちが見分ける目も持てるようになる。相互理解がもっと必要だと思うんですよね。
松本:そうですね。僕も先ほど(
前編)、記者にTwitterはおすすめしないと言いましたが(笑)、取材過程や舞台裏はあまり語るべきじゃないんだ、記事で成果を出せばいいんだという意識は、昔からマスメディアの人間にはあるかもしれません。
そうではなく、1本の記事を書くにはこういう取材をして、こんな確認作業があり、デスクや編集局内の議論があって……という過程を、もう少し出していった方がいいのかもしれません。マスメディアというのは「既得権益」であり、えらそうにきれいごとばかり言っているというイメージだけが残っていて、そういうネット世論を中心とする反発にメディア企業や記者の側が萎縮してしまっているところがある。だから、こういうふうに作られているんだと、折に触れて実情をオープンにしていったほうがいいんでしょうね。
自分は『
誰が「橋下徹」をつくったか』という本もそうですが、今やっている『
地方メディアの逆襲』(
webちくま)というWEB連載で、メディアの現場の実情、記者個々人の考えや葛藤というものを伝えたいと思っているんです。
上西:若い人からすると、情報がタダっていうのが当たり前になっているので、そうするとタダの情報だけでいいやと思っちゃうんですよ。わざわざ買わなくてもいい、と。でもそうすると実は質が全然違うことが、そもそもわからないままになってしまう。都合よく自分の意識が誘導されていて、そのことにさえ気づけないみたいなことにもなる。
だから本当に大事な情報は自分で買わなきゃ手に入らないんだよということを私は大学の授業で言っているんだけど、それでもレポートを書くときに、新聞とか書籍のようにチェックがちゃんと入っていてキャリアを積んだ人が書いているものと、そうじゃない誰が書いたのかわからない発行元もはっきりしないサイトの記事が等価なものとして引用されてしまっている状況があるんです。それは報道側だけの問題じゃないんですよね。
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松本創(まつもとはじむ)●神戸新聞記者を経てフリー。関西を中心に、ルポやインタビュー、コラムを執筆している。著書に『
軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』(東洋経済新報社)、『
誰が「橋下徹」をつくったか 大阪都構想とメディアの迷走』(140b)など。Twitter IDは
@MatsumotohaJimu
上西充子(うえにしみつこ)●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「
国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。また、『
日本を壊した安倍政権』に共著者として参加、『
緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』の解説、脚注を執筆している(ともに扶桑社)。単著『
呪いの言葉の解きかた』(晶文社)、『
国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)ともに好評発売中。本サイト連載をまとめた新書『
政治と報道 報道不信の根源』(扶桑社新書)も好評発売中。Twitter ID:
@mu0283
<構成/HBO編集部>