「デジタル改革関連法案」は、誰がための法律か? 国民が知っておくべきこと

強力な権限をもつ首相直轄のデジタル庁

 デジタル庁は、デジタル庁設置法案に基づき、各省と横並びで、内閣に設置されます。同様の形態の行政組織は、復興庁のみです。ほとんどの庁は、内閣府もしくは省に置かれます。例えば、消費者庁と金融庁は、内閣府に設置されています。  デジタル庁の長官は、内閣総理大臣になります。正式には「長官」と呼ばず、「主任の大臣」となります。設置法案第6条で「デジタル庁の長は、内閣総理大臣とする」とされており、内閣総理大臣は、自動的にデジタル庁長官を兼務することになります。これも、復興庁と同じです。  こうした行政組織は、復興庁を唯一の例外として、存在していません。総務省には総務大臣、財務省には財務大臣と、各省には首相と別に「主任の大臣」が置かれ、人事や予算をコントロールしています。多くの場合は形式的に振るわれる権限ですが、実質的に行使することも可能です。デジタル庁の場合、それが首相となるわけです。  復興庁が例外なのは、その弊害に目をつぶってでも、復興事業を強力かつ迅速に推進するためです。復興庁の長官も、首相が務めます。弊害とは、極めて多忙な首相の直轄となることでチェックが甘くなり、政策の企画や事業の執行、組織運営が粗くなることです。実際、復興事業では、住民ニーズにそぐわない巨大事業や工事費の水増し請求、裏金、脱税等の問題が報じられています。こうした問題がある程度生じるとしても、それより復興事業の推進を優先させるとしたのが復興庁です。  デジタル庁が復興庁と同様の組織形態を採用したことは、多少の弊害を看過してでも、デジタル事業を強力かつ迅速に推進することを意味します。ニーズにそぐわない事業や事業をめぐる不正など、多少の軋轢は、看過して構わないということです。  デジタル庁の任務は、政府のデジタル関係政策の企画調整、マイナンバーの普及、国・自治体・公共サービスを担う民間企業の情報システムの企画です。デジタル庁の所掌事務は、第4条で21項目が定められていますが、主たるものはこれら3つになります。  なかでも、国・自治体・公共サービスを担う民間企業の情報システムの企画が注目されます。具体的には「国の行政機関、地方公共団体その他の公共機関及び公共分野の民間事業者の情報システムの整備及び管理の基本的な方針の作成及び推進に関すること」とあり、政府全体の統括と予算要求なども行います。  これにより、デジタル庁は民間企業を含め、膨大な情報システムの選定権限を有することになります。これは、統一的に設計された情報システムの導入を可能とする一方、民間を含めた巨額の資金を差配する権限がデジタル庁に属することを意味します。公共サービスを担っていない企業であっても、行政機関や公共サービス関連の企業と取引する企業は無数にありますので、実質的には日本全体で統一的な情報システムを整備することも可能となります。  つまり、デジタル庁に対する首相の強力な権限と相まって、首相が官民の情報システムを整備できるようになります。もちろん、首相が指導力を発揮しなければ、復興庁と同様に、事業を強力かつ迅速に進めることにはなりません。ですので、あくまで首相の指導力が前提となりますが、首相が絶大な権限を持つことになります。

デジタル法案の課題

 ここまでは、デジタル法案について、私見を交えずに客観的な考察をしてきました。どのような法案・政策であっても、必ずメリットとデメリットの両方が存在し、それらを比較衡量して賛否や修正を考えます。よって、人権よりも経済・デジタル化を優先すべきとの考え方もあれば、逆に人権を優先すべきとの考え方もあります。首相の強力な権限でデジタル化して欲しいと考える人もいれば、それが利権化するのではないかと考える人もいます。そこを議論することが何より大切です。  さて、デジタル法案の必要性については、菅政権の説明にお任せするとして、以後は課題について掘り下げましょう。必要性をお知りになりたい方は、リンクを参照してください。  第一の課題は、人権よりも経済・デジタル化を優先する基本方針を法律で規定することです。4か月前の拙稿「菅首相が進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略。国民が突きつけられる2つの道」で論じたとおり、デジタル化には「国家主導で野放図に進めるか、それとも倫理とルールに基づいて進めるか」の二つの方針がありえます。菅政権は、デジタル法案で前者を示しました。中国やロシア等の権威主義国家と同様に、デジタル化とその経済的利益のためならば、他のことは後回しにするという方針です。  第二の課題は、菅首相に絶大な権限と巨額の予算を与えることです。前述したとおり、政府だけでなく、自治体や公共関連の企業の情報システムまで、首相に選定権限を与えることになります。それを透明かつ公正に用いるのか、それとも利権として親しい人々に配分するのか、それは首相次第となります。デジタル法案は、決定過程の透明性や公正性の確保について、特段の担保もしていませんので、そこは長官となる首相に委ねられています。菅首相の長男や側近官僚の接待問題が報じられるなか、渦中の菅首相にそれだけの権限を与えるのか、問われています。  第三の課題は、情報システム企業からデジタル庁に社員を出向させることです。デジタル庁の職員がどのように構成されるのか、現時点では不明ですが、母体となるであろう「内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室」には、情報システム企業などから多くの社員が出向していると思われます。専門的な知見に不足する分野の国家公務員について、民間企業からの出向者で補うことは、珍しくありません。一方、デジタル庁には、政策の企画だけでなく、情報システムの選定や巨額予算の執行の権限が備わりますので、情報システム企業からの出向者を受け入れると、利益相反になりかねません。  第四の課題は、デジタル法案の施行で、行政全体の通常業務が強く圧迫されることです。「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案」は、「高度情報通信社会」を「デジタル社会」に書き換えたり、印を必要とする手続から「印」という語を除いたりする関連法案の技術的な改正をまとめたものです。これが、369ページに及ぶ膨大な法案で、ほぼすべての府省の法律に及んでいます。コロナ対策や予算編成で忙しい中、最優先の業務として、多くの政府職員が法改正の必要の有無を点検していたわけです。デジタル法案が成立すれば、さらに膨大な政省令・規則・通達・ガイドライン等を修正し、それが自治体の条例に及ぶ可能性もあります。日本全体でコロナ危機に瀕している今、デジタル法案に関連する字句修正に多くの公務員の労力を充てることが、最優先とされていいのでしょうか。  以上のとおり、菅政権のデジタル法案には、様々な課題があります。菅首相には、これらの課題をクリアにデジタル化することを強く期待します。デジタル法案が、ファジーでアナログな国会対応で成立するというのは、洒落にもなりません。 <文/田中信一郎>
たなかしんいちろう●千葉商科大学准教授、博士(政治学)。著書に著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない―私たちが人口減少、経済成熟、気候変動に対応するために』(現代書館)、『国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu
1
2