黎明期の戦極MCBATTLEは、なぜ「地元と友達」を捨てたのか? MC正社員が描いた鬼の成長戦略<ダメリーマン成り上がり道 #39>

地元リスペクトも気にせず、会場を埼玉→東京へ

 正社員:「あと俺が戦慄を変えるうえで最初に着手したのは、MCバトルの出場者を増やそうとしたことなんだよね。俺が運営に関わる前は、『バトルの出場者は16人で客はゼロ』みたいな感じだったから、とりあえず出場者を64人集めて、ゲストでライブをしてくれる人にはバトルにも出てもらった。そのライブ出演者の人選も『バトルに出た人たちが倒すことを目標にできる人』にしてね」  アスベスト:「今もマイナーな大会はそうだと思うんですけど、当時のMCバトルって、MCがそのままお客さんだったんですよね」  ――観客のほとんどがその日のバトルに出る人だと。  アスベスト:「そうですね。だからMCバトルを見せ物にしてお客さんを集めるというより、『MCバトルに出場できる』という体験を販売するイベントでした。MCバトルが見せ物として成立するようになったのは、そのあとですよね」  ――そのほかに戦慄MCBATTLEと、その流れを受け継いだ初期の戦極MCBATTLEではどのような変化があったんでしょうか。  アスベスト:「正社員くんがひとつひとつ新しい決断を重ねて、その決断がどれも成功していたので、回を重ねるごとにイベントの規模は大きくなっていきました。レギュラーのライブ陣の全員を切ったのもそのひとつだし、会場を長年ベースにしていた浦和BASEから東京に移したのも大きかったと思います。『もう埼玉でやってる意味ないし、東京でやったほうがいいよ』って言い出して」  正社員:「そんなひどい言い方してないよ(笑)。いろいろあって、1回で東京でやることになったから、途中からはそうなったって感じで」  アスベスト:「ヒップホップはよくも悪くも地元を大事にするカルチャーなので、俺らラッパーの感覚からすると『ずっと埼玉でやっていたのに東京に移るなんてダメじゃない?』って思うんですよ。でも正社員くんは『いや、そんなの関係ないっしょ』って言うわけですよ」  正社員:「うーん、そこまでは言ってないよ。でも、俺はもともと出身が埼玉じゃないしね。よそ者だから地方に愛着がないのかもしれない」  アスベスト:「いや、でもこれは正社員くんを褒めてるんだよ(笑)。正社員くんは戦慄・戦極以外でも『Fruit Ponchi』というイベントで『女性口説きMC BATTLE』とかヤバいことをいろいろやってたよね」  正社員:「『女性口説きMC BATTLE』は、始める前の反発が一番強かったかもしれないな。あのときは身内の評価が100%だったし」  アスベスト:「最初に提案を聞いたときはギョッとしましたけど、僕はそのころには『周囲から反発があるくらいのイベントのほうがウケる』とわかってきたので、『やったらいいんじゃない』と手伝いました。ほかにも正社員くんは、戦極でバトルのビートをオリジナルのものに変えてDVDをきちんと売れる体制を整えたりとか、僕らの常識を壊すことを何個もしてくれたんですよね。というか、ヒップホップの業界に一般常識がなさすぎて、常識を持ち込んでくれたと言ったほうがいいかもしれない」  正社員:「俺は今でも全然常識ないけどね。そんな俺でも『仕事ができる』と評価された当時のMCバトル業界がいかにヤバいかって話だと思うよ。本当に裏方がいなかった。マジで」  アスベスト:「みんな自分の音楽活動の傍らで裏方やってる感じでしたね」  正社員:「今のMCバトルの世界なら俺みたいなヤツは絶対通用しないから。今はすごい人ばかりだからね」  アスベスト:「それはちゃんとお金が生まれる業界だって皆が気づいたから、人材が集まってきたってことだと思うよ」  正社員:「そうだね。今はヒップホップ全体が盛り上がってるし。すごい裏方がいっぱいいるし、クレバーなプレイヤーがたくさんいる」

「仲間」も捨てられるヤバさがないと成功者になれない?

 正社員:「アスベストは俺主導になったあとの戦慄~戦極も手伝ってくれたけど、本当に大変だったと思うよ。やっぱり俺が人間的にヤバい奴だから(笑)。そこに気づけたのは最近なんだけど、反省することはありつつも『もう直すつもりはねえ』って思ってるし」  アスベスト:「もう直らないよ絶対」  正社員:「そう、直らない。昔もアスベストに『あなたは人としてダメだよ』って怒られたけど、変えるのは無理。性分だもん。だから反論とかしない。最近も俺はいろんな人に怒られるから、本質的には何も変わってないと思う」  アスベスト:「昔と比べると『少し丸くなったかな』と思いますけど、正社員くんは『どんなに成功しても本質的には幸せになれない人』だと思うよ」  正社員:「それもよく俺に言う話だよね」  アスベスト:「僕がラップから離れたあとも、正社員くんはときどき連絡をくれるんですけど、話の内容は仕事の愚痴とか今の業界への愚痴なんですよね。それで『ムカつく』『不安だ』とまくしたてられるんですけど、その苛立ちや愚痴のスケールがとにかく小さいんですよ。僕から見れば正社員くんは凄い成功者なのに、『あいつがムカつく』みたいな話も、アメリカで大農場を経営している人が日本の家庭菜園をバカにするみたいなレベルの内容で、『この人、何なの?』って思いますから」  正社員:「Twitterで俺の悪口を書いたヤツとかも絶対許さないからね(笑)。俺は深夜に不安に襲われて苦しくなることが多いんだけど、そんなときにSNSで悪口を見つけたら、『それどういう意味ですか?』って即DMするから。このあいだも深夜に高校生のラッパーが『俺を出さない戦極は時代遅れだ』ってツイートしてたから、DMでやりとりして連絡先を聞き出して、電話で『戦極の大会にエントリーしてますよね。エントリーしてるってことは、知り合いですよね? そういう人間がTwitterでタメ口で『俺を出せ』とか書くのって失礼じゃないですか?』って問い詰めましたから(笑)」  アスベスト:「たしかにそれは失礼かもしれないけどね」  正社員:「『TwitterとかSNSは何でもアリじゃないよ』って言ってやったね。深夜3時に40歳が16歳の高校生に(笑)。完全に病気ですよ(笑)」  アスベスト:「人間が小さ過ぎる……。でも、何かの長になる人って、人としてヤバいところがあるくらいじゃないとダメなんだとも思いましたね。新しいことを始めるには、何か古いものを切り捨てることも必要だし、『みんなを幸せにする』とか『仲間を大事にする』だけじゃ無理なことも多いんですよ。こんなことを言ったらヒップホップ関係者は怒るかもしれないけど」  ――仲間と地元にこだわっていたら、戦慄MC BATTLEは埼玉で細々と続いたあと、数年のあいだに終わっていた可能性もあるわけですからね。  アスベスト:「だったかもしれないですね。でも今の若いコは賢いコが多いから、正社員くんみたいなマネはしないと思う」  正社員:「地元や仲間をうまく活かして売れる人が増えてきたからね。みんな俺なんかより全然クレバーだし、今はレギュラーメンバーの総取り替えみたいなヒドいことはやるとしても、もっとうまくやるんじゃないかな(笑)」 <構成・撮影/古澤誠一郎>
戦極MCBATTLE主催。自らもラッパーとしてバトルに参戦していたが、運営を中心に活動するようになり、現在のフリースタイルブームの土台を築く
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