是枝裕和監督作品を思わせると前述したが、実はリー・アイザック・チョン監督と撮影監督のラクラン・ミルンは、小津安二郎監督作品の空間設計も、参考にする作品の1つとして話し合っていたのだという。会話から人の心情を丁寧に語るその作風にも、小津作品らしさを存分に感じさせた。
他にも、西部劇に出てくる荒野の映像、そして子どもの精神を表現するスティーブン・スピルバーグ監督作品も参考にしていたそうだ。確かに荒れた土地の寂しさと美しさを両立した画は西部劇らしいし、子どもの目線で(少しだけ)冒険が描かれる様はスピルバーグ監督作品を連想させる。こうした先人たちの敬意と研究もまた、作品のクオリティの高さに繋がったのは間違いないだろう。
貧困以外にもある『パラサイト 半地下の家族』との共通点
もう1つ、この『ミナリ』を観て多くの方が連想するのは、『パラサイト半地下の家族』(2019)だろう。何しろ、劇中の家族が韓国系移民であり、貧しい住処であの手この手を尽くすという、「貧困からの脱却を試みる」ことが物語の根底にあるからだ。
夫は10年間もヒヨコのオスとメスを鑑別する仕事しているが、心底その仕事にうんざりしている。そこで、彼は3年間はヒヨコ鑑別と農業を両立しながらも、韓国野菜を栽培するという計画を思いつく。当時はアメリカに移住する韓国人が年間で3万人もいて、その需要があると読んだのだが、そのために購入したのは誰も買いたがらないいわくつきの土地だった。
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それだけでも、この後に生活が上手くいかなくなることが十分に予想できるのだが、夫はダウジングで水脈を見つけられると言い寄ってきた男の提案を突っぱねて、息子に「タダで見つけられるものに金を払うな」と言った挙句に、闇雲に荒れた土地で穴を掘っていたりする。夫が望まない仕事をし続けていた経験が、おそらくは人を信用しなくなった、また未来を見据えた投資をしないという考えにつながるという、悪循環を生んでいることも容易に想像できて、なんとも切なくなってしまう。
そして、この『ミナリ』の面白さは、登場人物の印象がその後に変わっていくことにもある。例えば、途中からやってくる祖母は騒がしくて毒舌で、その上に料理も全くできず英語もほとんど話せないという、ほとんど厄介者のような存在だったのだが、そんな彼女の言動が思わぬ形で家族にプラスの影響を与えていることもあったりする。その他にも、風変わりな隣人たちに対して「こういう人なんだろうな」という先入観が、その後にガラリと覆されたりもするのだ。
それもまた『パラサイト 半地下の家族』と共通している魅力だろう。「その人の本質は第一印象ではわからない」という提言が根底にあり、登場人物がステレオタイプではない複雑な内面を持っているからこその、映画としての豊かさがあるのだ。両者がトーンもジャンルも全く異なる作品であるのに、ここまでの共通点を見出せるというのも、また面白い。