試合シーンのない野球映画『野球少女』。無自覚な性差別がはびこる今こそ観てほしい理由

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 3月5日より韓国映画『野球少女』が公開されている。主演を務めたのは、Netflixで配信中のドラマ『梨泰院クラス』でトランスジェンダーの若者を演じ、大ブレイクを果たしたイ・ジュヨンだ。  結論から申し上げれば、本作は青春映画としての完成度もさることながら、無自覚な性差別がはびこる今に観る意義もとてつもなく大きい、素晴らしい作品だった。さらなる具体的な魅力や特徴を、以下に記していこう。

八方塞がりな現実

 青春の日々をすべて野球に捧げ、プロ選手を夢見る高校生のチュ・スインは、女子という理由でプロテストさえ受けることができないでいた。そんな彼女の元に、新しいコーチがやってくる。コーチはスインをスカウトの目に留まらせるための作戦を練り、特訓を初める。  主人公が置かれた状況は過酷だ。どれだけ天才野球少女と称えられていても、女子であるためにプロへの道そのものが閉ざされている。野球部の監督からも趣味として続けるべきだと諭され、スカウトにも「女子が野球選手なんてサーカスじゃあるまいし」とバカにされてしまう。  そんな彼女には、経済的な理由も覆い被さる。母は娘に一家の稼ぎ頭になってもらうことを期待しているため、女子のプロ野球選手という夢にはもちろん大反対であり、「ダメなら諦めなさい。恥ずかしいことじゃない」と現実的な音葉も投げかける。その母がそのように言う原因は父にもあり、彼は宅地建物取引士の試験に何年も挑戦している“万年受験生”で、経済力が皆無だったのだ。  夢はあまりに無謀で、現実はあまりに厳しい。夢を一途に目指し、そのために血の滲むような努力をしてきた主人公でさえも、その八方塞がりな現実に心が折れかけてしまう。夢と現実のはざまで苦しむ彼女の姿に胸が痛くなるが、同時に心から応援をしたくなるだろう。

「師弟もの」の面白さ

 本作は青春物語であると同時に、主人公と師匠が共に高め合い大きな目標を目指すという「師弟もの」のドラマとしての魅力を備えている。映画であれば『ベスト・キッド』(1984)や『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)、はたまたマンガの『あしたのジョー』を思い出す方もいるのではないか。  例えば、主人公は134キロの豪速球を投げられることを自らの強みとしていたが、新しいコーチは「あれが最速か?女子かどうかは関係ない。お前は実力がないんだ」とバッサリと告げる。そこで彼女は150キロを投げることを目指し、夜遅くまで1人で黙々と特訓を続けていたのだが、コーチは主人公の選手記録を読んだことから、150キロも出せないという短所を捨てて、「回転数の高い球を投げられる」長所を活かす作戦に出る。
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 主人公はこれまで努力に努力を重ねてきたが、それでも夢への道が見えなかった。そんな彼女がこれから目指すべき道が、一見ぶっきらぼうだが高い分析能力を持ち的確な指示をするコーチのおかげで見え始める。その過程はエンターテインメントとして面白く、そして理不尽な壁に挑み乗り越えようとする普遍的な物語としても心に響く。  その新コーチには、選手としての才能がないことに気づき、一度は荒れた生活を送っていた過去もあった。「かつて夢に破れた者」の視点から浮かび上がる心情は、大人こそが涙腺が刺激されるだろう。  そして、本作は野球を題材としながらも、試合シーンがいっさいない。あくまで描くのは、主人公の青春模様と、そして野球の特訓。試合に勝つか負けるかではないところに焦点を絞っており、それが作品の魅力に直結しているのだ。
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偏見への憤りから生まれた物語
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