菅首相が会見などで口にする「~じゃないでしょうか」は何を意味しているのか

抑制されたいら立ちの表れか

 これは私の推測だが、菅首相の場合、端的に答えるだけでは収まらない気持ちが、「~じゃないでしょうか」という言葉になって表れているのではないかと思う。収まらない気持ちとは、いら立ちや怒りを伴って反論したい気持ちだ。端的に事実を述べること、主張を述べることだけでも、それは反論になる。しかし、それだけでは気持ちが収まらない。相手に向かって強い言葉を投げかけたい。しかし、怒りをぶつけるわけにはいかない。  菅首相は官房長官時代に国会で、小川淳也議員に「私は、官僚に激怒することはありません」と語っていた。毎月勤労統計調査の不正が問題になっていた2019年2月12日の衆議院予算委員会でのことだ。 ●小川淳也議員  官房長官、一昨日の報道で、厚生労働省の研究会において、ある委員の方が、サンプルを入れかえて数字が悪くなるやり方に官邸か菅官房長官がかんかんに怒っている、激怒しているということで、厚生労働省の職員は当初から相当気にしている。恐らく震え上がったでしょうね。  官房長官、この4月から6月の間に、厚労省からこの説明を受け、そして、あなたは激怒したという事実があるかないか、お答えください。 ●菅義偉官房長官  私、この新聞記事を見て激怒したいぐらいでした。  実は私は、官僚に激怒することはありません。これが政治家としての、横浜市会議員当時から今日に至るまで、私の姿勢です。私は官僚と議論します。官僚と闘うときは理論で勝たなければできないということは市会議員のときからよく知っていましたので、そのことを一貫して貫いていますので、感情的に激怒することはまずあり得ない、このことを申し上げたいと思います。(第198回国会 衆議院 予算委員会 第5号 平成31年2月12日より)  しかし、私たちは、菅首相がいら立ちを抑えられなかった場面を目にしている。昨年10月26日のNHK『ニュースウオッチ9』に菅首相が生出演し、有馬嘉男キャスターが日本学術会議の任命拒否問題について問うたとき、菅首相は 「ただ、説明できることとできないことってあるんじゃないでしょうか。105人の人を学術会議が推薦してきたのを政府がいま追認しろと言われているわけですから。そうですよね?」 と険しい表情で答えていた。机を強く叩くような手の動かし方もしていた。テレビに生出演していてもそうやって気持ちを高ぶらせるのだから、カメラのない場ではもっと激怒するんだろうな、と思わせる場面だった。なお、ここでも「~じゃないでしょうか」という言い回しが使われている。  内閣総理大臣という立場にある者が、みずからの感情をコントロールできずに人前で激怒することは避けるべきだ。そのことは、菅首相も十分承知だろう。  それでも2月26日の「ぶら下がり」では、菅首相は険しい表情を何度も見せ、最後には、「先ほどから同じような質問ばっかりじゃないでしょうか」と言い捨ててその場を立ち去った。感情的には波立つものがあったのだろう。  その波立つ思いが、抑えきれず、けれどもあからさまな形で表出することは抑制しなければという力が働いている中で言葉となって出てきたものが、「~じゃないでしょうか」という言い回しではないかと思われるのだ。  「現に昨日、国会で答弁されてきたことも事実じゃないでしょうか」は、「現に昨日、国会で答弁したじゃないですか!」と言い換えれば、不自然な言い方にはならず、すんなり了解できる。「今日こうして、『ぶら下がり』会見やってるんじゃないでしょうか」は、「今日こうして、『ぶら下がり』会見をやってるじゃないですか!」だろう。  他も同様に言い換えられる。「それは皆さんが考えることじゃないですか」は、「それは皆さんが勝手に考えてくださいよ!」あたりか。「でも大体皆さん出尽くしているんじゃないでしょうか。先ほどから同じような質問ばっかりじゃないでしょうか」は、「でも大体皆さん出尽くしてますよ。先ほどから同じような質問ばっかりじゃないですか!」だろう。  また、上記で「(それぞれの首長さんは)考えてるんじゃないですか」という答弁を「推量」と考えることができそうだ、としたが、これも「(それぞれの首長さんは)当然、考えているでしょうよ!」といったニュアンスでとらえた方がより適切であるように思える。

国会答弁に見る「~じゃないでしょうか」

 これはあくまで、私の見立てだ。しかしそう見立ててみると、国会答弁において、以下のように、「事実」だとの指摘に「~じゃないでしょうか」が付されている場合や、「私」を主語にしながら「~じゃないでしょうか」が付されている場合なども、同様に「抑制されたいら立ち」の表れであると解釈できるのでは、と思うのだ。 <参議院予算委員会、2020年11月25日> ●枝野幸男議員  明確に、この間政府がやったことは、GoToトラベル、GoToイート、そのことによって直接感染が広がったかどうか、エビデンスはない。でも、なぜ広がっているのかわからないんですから、それが理由ではないというエビデンスもないんじゃないですか。  人の移動が活発になれば感染が広がる。GoToトラベルは人の移動を政府が推奨した、勧めていた、これは間違いないですね。今も勧めているんですよね、全面中止じゃないですから。総理。 ●菅義偉首相  政府の仕事は、国民の命と暮らしを守ることであります。 そうした中で、GoToトラベル、今日まで約4千万人の人に御利用いただいております。そして、現実的にコロナの陽性になった方は180名であります。  もともと、このGoToトラベルを進めるに当たって、当然、政府の分科会の皆さんの意見を聞きながら進めさせていただいております。 まさにこのGoToトラベルによって地域経済を下支えているということは、これは事実じゃないでしょうか。(第203回国会 衆議院 予算委員会 第4号 令和2年11月25日より) <参議院 決算委員会、2017年4月3日> ●辰巳孝太郎議員  ということは、官房長官、国有地の問題を籠池氏は様々、財務局や航空局や大阪府とやり取りをしていた、そして留守電に残したと、昭恵さんの留守電に、ここまでは確かですね。その後、昭恵さんは谷さんにこういう留守電が入っていたということ、それを伝えたという、そういう認識だったと思いますが、どうですか。 ●菅義偉官房長官  私は全く承知していないということをずっと言い続けているんじゃないでしょうか。  そういう中で、夫人付きも一緒に講演現場に行っていますから、そこにそういう、まあ要請のですか、そういう文書が来たので、ファクスで回答したように、全くゼロ回答を丁寧に出したということじゃないでしょうか。(第193回国会 参議院 決算委員会 第3号 平成29年4月3日より)  いかがだろう。菅首相が「~じゃないでしょうか」という言い回しを、「なぜここでそういう言い方をするのか?」と思われる文脈で用いたときには、それは、「~じゃないですか!」と言いたい気持ちを抑えているのではないか、と考えてみると、読み解けるかもしれない。 <文/上西充子>
Twitter ID:@mu0283 うえにしみつこ●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。また、『日本を壊した安倍政権』に共著者として参加、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』の解説、脚注を執筆している(ともに扶桑社)。単著『呪いの言葉の解きかた』(晶文社)、『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)ともに好評発売中。本サイト連載をまとめた新書『政治と報道 報道不信の根源』(扶桑社新書)も好評発売中
1
2
3


【HBOL 編集部よりお知らせ】
上西先生による本サイト連載「政治と報道 報道不信の根源」が本になりました! 本連載及び上西先生による過去執筆記事を「政治と報道」をテーマに加筆・編纂。いまの国会で何が起きていて、それがどう報じられているのか? SNSなどで国会審議中継をウォッチしている人と、ニュースでしか政治を見ない人はなぜ認識が異なるのか? 政治部報道による問題点を、市民目線で検証しています。

政治と報道 報道不信の根源

統治のための報道ではない、市民のための報道に向けて 、政治報道への違和感を検証