菅のアドホックな歯列矯正的手法は、政策面のみならず人事面でも遺憾なく発揮されている。
「菅は自民党総裁選中の9月13日、フジテレビの番組で『私どもは選挙で選ばれている。何をやるか方向を決定したのに、反対するならば異動してもらう』と宣言したこともある。官僚の言うなりにならず、人事での信賞必罰を官僚操縦術として使うことをためらわない菅は、いつしか霞が関全体から恐れられる存在となっていった」
と、前掲書で読売新聞政治部は書く。自分の方針に従わなければ異動だと迫ることは「信賞必罰」でもなんでもない。そもそもそこには「賞」がなく「罰」しかないではないか。その態度は、端的に弾圧と表現する方が適当だ。
読売新聞政治部の語用の間違いはさておき、確かに、竹中平蔵総務大臣の下で「辣腕」を振るっていた頃から菅は、反対する官僚の首を容赦なく切ることで有名ではあった。その意味では、「霞が関全体から恐れられる存在」ではあるのだろう。ただそこには、官僚たちと真剣に向き合い議論し組織を束ねていくといった気概も工夫もない。ただただ、邪魔になるものを排除し、新しい首にすげ替えるだけ。程度の低い会社によくいるブラック経営者・ブラック上司となんら変わらない。
邪魔になる官僚や反対する官僚を次々と馘首する手法は、「恐怖による支配」と言えば聞こえはいいが、問題の根源的解決を避けているという意味において、その場しのぎ、アドホック的な対応でしかない。菅にしてみれば、官僚とて、脱着可能な歯列矯正器具のようなものに過ぎないのだろう。
安倍晋三時代の官邸と比べ、菅義偉の官邸がその調整能力や政策立案能力に劣ると指摘する声は多い。当然のことだろう。先に指摘したように、標語レベルから具体的政策に至るまで単にあり物・流行り物を借りてくるだけ。人事手法は「信賞必罰」とは程遠い単なる首のすげ替えに過ぎない。あらゆることがアドホックである以上、どんな優秀な人物が補佐にあたろうとも、仕事になるはずがない。あらゆるものが歯列矯正の器具のように外部からの借り物であり内発的必然性がないのだから、そもそも、補佐も調整も成立し得ないのだ。
コロナ対策、オリンピックの開催危機など、まさに100年に一度の国難に我々は直面している。これまでの菅義偉の対応を見ているとこの国難に対しても、全て歯列矯正的手法=あらゆるものが借り物であらゆるものがアドホック=でしのごうとしている。この手法ではとてもこの難局を乗り越えることはできない。全てを借り物で済ませ、その場しのぎの対応に終始する、身体性や内発的必然性のないリーダーに、危機は乗り越えられないのだ。菅が総理である以上、破滅的な局面が必ずやってくるだろう。
我々は早晩、その破滅的な局面に、文字通り、歯を食いしばって耐える必要に迫られるに違いない。
<文/菅野完>
すがのたもつ●本サイトの連載、「草の根保守の蠢動」をまとめた新書『
日本会議の研究』(扶桑社新書)は第一回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞に選ばれるなど世間を揺るがせた。メルマガ「菅野完リポート」や月刊誌「ゲゼルシャフト」も注目されている
<記事提供/
月刊日本2020年3月号>
げっかんにっぽん●Twitter ID=
@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。