「秘密投票」はなぜ必要なのか。選挙の公平性と「抜け穴」

票を持ち帰ることがなぜいけないのか

 しかしながら、秘密投票の制度をかいくぐって、強要や買収をして確実に特定候補に投票させるテクニックというものは残念ながら存在します。公職選挙法やその施行令では投票用紙を受け取った人は投票箱に投票用紙を入れるか、投票せずに退出するときは投票用紙を返さないといけないことが規定されています。つまり投票用紙を持ち帰ることはできないことになっていますが、なぜそのようなことが規定されているのでしょうか。  それは投票用紙を持ち帰ることで様々な不正ができるからです。例えば、投票用紙を他者に販売したり、これを利用して投票用紙の偽造を行ったりというようなことが起きてしまうからです。そして、投票用紙を持ち帰ることで強要や買収が確実に行うようにすることができるのです。  その確実に行わせる手法とはどのようなものでしょうか。まず、投票所に行き、投票用紙を受け取った後に投票をしたふりをするなどして、なにも記載されていない投票用紙を外に持ち出します。そして、この投票用紙に特定の候補の名前を記載し、次の人(特定の候補者に投票するように命じられた人)に渡します。特定の候補者に投票するよう命じられたこの人は投票所に入り、正規の手続きを経て、正規の投票用紙を受け取ります。この時点でこの人にはなにも記載されていない正規の投票用紙とすでに名前が記載された不正の投票用紙の2枚を持っていることになります。  そして、この不正の投票用紙を投票させ、投票所で受け取った投票用紙を白紙のまま持ち帰らせます。そして、この人から投票しなかった白紙の投票用紙を回収し、この白紙の投票用紙にまた特定の候補の名前を記載し、さらに次の人に渡す……ということを繰り返します。このような方法により、複数の人に特定の候補者への投票を確実に行わせることが可能になります。

代理投票制度の悪用

 日本には代理投票制度という制度があります。この代理投票制度とは、けがや障害、文字を知らないなどの理由で投票用紙に記入をすることができない人ための制度で、公職選挙法第48条に規定されています。この制度を利用したい人は投票所の管理者に申請します。そして、投票所の事務に従事している人を2人選び、1人が投票人の指示に従って投票用紙に記入し、もう1人がその記入が間違っていないか立ち会うことが規定されています。この代理投票制度は秘密投票から外れるように見えますが、この制度を利用した場合でも、記載者や立会人は代理投票の利用者が誰に投票したかといったことを他言することはできず、投票の秘密は保たれることが定められています。  この代理投票の制度は文字を書くことができない人を含めた全ての有権者に投票の機会を提供するための重要な制度ですが、これを悪用して強要や買収が確実に行われるようにする手法が存在します。それは実際には字を書くことができるのに、自分は字を書くことができないので、代理投票を利用したいと申し出をさせるのです。代理投票をする際にはどの候補に投票したいかということを代理で記載する人や立会人に伝える必要があるため、大声を出して指示した候補に投票がされたかを外で監視している人に聞こえるようするのです。  このような代理投票を悪用した手法は1980年頃の青森県の津軽地域で多用されていたようです。当時の報道では投票日当日に突然文字が書けなくなり、投票が終わると再び書けるようになる人が急増していると揶揄されていることが記録されています。ただ、最近はこのような代理投票を悪用したような手法は取られなくなってはおり、過去の手法と呼ぶことはできます。 <文/宮澤暁>
1984年東京都生まれ。東京理科大学理工学部卒業後、埼玉大学大学院 理工学研究科博士前期課程修了。個性的な選挙公報や選挙の珍事件など選挙の変わったトピックスを取り扱う選挙マニアとして活動。著書に『ヤバい選挙』(新潮社)。Twitter ID:@Actin_ium
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