私たちに「世界を変える力」はある。総選挙で投票に行き、それを証明しよう

政治への失望が自民党政権の継続をもたらすパラドックス

 以上の「相場観」に、先の土井善晴氏のツイートを補助線として当てると、不祥事が起きるほど、自民党政権が継続するとのパラドックスが見えてきます。おそらく、自民党幹部はこうした見立てを持っているので、様々な不祥事に右往左往することなく、開き直った姿勢でいられるのではないでしょうか。  まず、与野党いずれの岩盤支持層50人は、不祥事の有無に関係なく、投票します。何があっても自民党政権という人も、政権交代を求める人も、自民党で不祥事があったからといって、投票しないことはありません。むしろ、そういう時こそ「自民党政権の危機」あるいは「政権交代の機会」として、投票することでしょう。これまでの国政選挙の投票率で、50%弱が下限である理由は、大雑把にはこのように説明できます。  不祥事を受けて投票しなくなるのは、無党派層の50人です。「政治家は自分の利益しか見ていない」「政治は汚い」「政治には期待できない」「どうせ世の中は政治で変わらない」などと、あたかも土井善晴氏のように「大問題を解決する能力」は自分にないと思ってしまいます。すると、投票を「無意味な行為」と考えてしまいます。  無党派層の投票者が減る(投票率が低下する)ほど、岩盤支持層の多い与党が有利になります。与党支持者30人対野党支持者20人の選挙に持ち込めるからです。  以上の「相場観」を自民党幹部から見ると、与党支持層の30人だけを固めて、たまに不祥事が起きて政治への失望が広がるくらいの方が、自民党政権を安泰にできるわけです。安倍・菅政権が「GoTo事業」にこだわるのは、与党支持層を固める政策だからです。河井夫妻事件に代表される数々の不祥事を自民党として反省しないのは、投票率を低下させるからです。

世界を変える力を証明したアメリカ大統領選挙の有権者

 繰り返しますが、もっとも戒めるべきは、土井善晴氏のツイートに代表されるように、私たちに「力がない」という諦めの刷り込みです。政治への失望とは、投票行動への諦めに他なりません。投票に行かず、土井氏の勧めるように自らの食事を見直しても、社会は良くなりません。それこそ、土井氏の「呪いの言葉」が実現してしまうのです。  このしばらくの間、最高でも投票率55%ということは、無党派層50人のうち、5人しか投票に行っていないことを意味します。そのときですら、45人は投票していません。  一方、政治が激動したときは、投票率が65%を上回っています。例えば、非自民勢力が地滑り的に勝利した1989年の参院選は65.0%、非自民連立政権が成立した1993年の衆院選は67.3%、民主党政権が成立した2009年の衆院選は69.3%の投票率でした。  要するに、50人の無党派層のうち15人が投票に行けば、政治は大きく変わります。無党派層の全員でなく、3割が投票するようになるだけで、政治を変えられるのです。もしその15人全員が自民党に投票したとしても、次は野党に投票するかもしれず、自民党幹部は強い緊張感をもって政権運営することになるでしょう。岩盤支持層30人に依拠した、これまでの緊張感のない政治手法は通用しません。  そして、一人を選ぶ小選挙区を中心とする選挙制度は、多数派に議席ボーナスを与えるため、少しの投票行動の変化が大きな結果の変化を生みます。この議席変化のダイナミズムが、小選挙区を中心とする選挙制度のメリットでありデメリットでもあるのですが、そこは本稿の論点ではありません。大切なことは、現行の選挙制度が、少数の有権者が投票に行くようになることで、大きな変化を生み出せることです。  このダイナミズムを示したのが、バイデン大統領を生み出す決定打となったジョージア州での選挙結果です。ジョージア州知事選で様々な妨害を受け、惜敗した民主党の元州知事候補が、文字どおり地域を歩いてバイデン候補への投票を働きかけ、僅差での勝利を得ました。アメリカ大統領選挙は、州の選挙人すべてを勝者が得るという、実質的に小選挙区と同様の制度となっています。まさに、そのダイナミズムが示された選挙でした。このジョージア州の選挙については、藤崎剛人氏の「トランプを敗北に導いた『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』から学ぶ民主主義のための戦い方」をご覧ください。  ジョージア州の選挙結果は、文字どおり「地球環境のような世界の大問題」を「解決する能力」が「一人の人間」にあることを示しています。実際、バイデン大統領は就任当日、気候変動の国際条約であるパリ協定に復帰することを決めました。パリ協定だけで地球環境問題を解決できるわけではありませんが、これを批准しなければ解決できないことは必定です。  そして、次は日本の番です。2021年秋に任期満了を迎える衆議院選挙(総選挙)があります。首相と政権を決める選挙です。私たちにも、ジョージア州の人々と同様に「世界の大問題を解決する能力」があることを証明しようではありませんか。  総選挙では、投票すること自体に大きな価値があります。どの党に投票すべきかということ以上に、一人でも多くの有権者による投票がその後の政権に緊張感を抱かせます。  この記事を読んだあなたはもちろん、ご家族、ご親類、ご友人、職場の人、その他かかわりのある人、みんなに投票へ行くよう、勧めましょう。投票の促進は、選挙管理委員会も行う公益活動であって、党派活動ではありませんから、ハードルも低いですよ。ですので、ぜひ! <文/田中信一郎>
たなかしんいちろう●千葉商科大学准教授、博士(政治学)。著書に著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない―私たちが人口減少、経済成熟、気候変動に対応するために』(現代書館)、『国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu
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