国防・国力としての「地図」。行政が主導する地理とエンジニアを結びつける取り組み

地図イメージ

taikichi / PIXTA(ピクスタ)

地理関係のデータとプログラマーのコラボ

 精密な地図とは元来、国防に関わるもので、厳重に管理されて自由に利用できるものではなかった。江戸時代末期の1828年(文政11年)、シーボルト事件が起きた。オランダ商館付医官であったシーボルトが帰国に際し、当時国禁であった日本地図を国外に持ち出そうとしたことが発覚して、多くの幕吏や鳴滝塾門下生が処罰された(コトバンク)。  地図を寄贈した高橋景保は、検挙され獄死し、死骸を塩漬にされた。家族や部下、その他関係者の多くが、遠島などの処分を受けた。事件の影響は大きかった。また、この事件は今でも研究がおこなわれており、新資料が発見されている。2019年2月には、シーボルト事件の新史料発見というニュースがあった(西日本新聞ニュース)。また、2020年の1月にも新史料発見のニュースがあった(西日本新聞ニュース)。  この事件に出てくる国外持ち出し禁止になっていた地図は、伊能忠敬のつくった日本および蝦夷の地図だ。伊能忠敬は、商人として成功したあと、50歳から始めた学問をもとに、全国の測量をおこない地図を作った。  地図が軍事上の脅威になるのは現代も変わらない。たとえば、精密な3D地図は、ドローンの自動飛行などに役立つ一方、ミサイルのルート選定にも利用できる(産経ニュース)。  精密な地図は、国を守るのにも攻めるのにも役立つ。情報の流通が少なかった時代、地理関係のデータは、極めて重要なものだった。しかし、印刷複製技術が進み、人の移動が増え、多くの人が地図を使うようになり、民間でも活用されるようになった。そして情報技術の時代になり、ネットから極めて手軽に利用できるようになった。Google Map の登場と普及がその大きな要因である。  世界中のあらゆる場所の地図を、Webブラウザの検索から一瞬で呼び出せる。地図だけでない。航空写真、ストリートビュー、3Dマップなど、古い時代の軍人や武将が見たら、卒倒しそうなデータに、手軽にアクセスできる。時代は大きく変わった。  地理関係のデータがオープンになってくると、その活用によって、どうイノベーションを起こすかが問われるようになってきた。海外(主に米国)によってサービスを独占されるのではなく、国内の事業者によって国力を高めたい。そう考える行政の人たちが出てきた。  地理関係のデータを持つ公的機関と、そのデータを活用できる技術を持つエンジニア。それらを結びつける、あるいは活用できる人材を育てる。そうした取り組みの情報を紹介していこう。

国土交通省が主導する日本全国の3D都市モデル PLATEAU(プラトー)

 まずは、国土交通省が主導する3D都市モデル PLATEAU(プラトー)だ。日本全国の3D都市モデルの整備・オープンデータ化プロジェクトである。3D都市モデルを整備して使用事例を作り、利用促進を図ることで、全体最適・市⺠参加・機動的なまちづくりの実現を目指すそうだ。  3D都市モデルは、単純な3D空間のデータだけではない。都市には建物や道、橋といったさまざまなものがある。PLATEAU の3D都市モデルでは、これらの名前や用途、建設年や行政計画といった情報が加えられる。IT業界でよく語られる、セマンティクス(意味的)なモデルだ(PLATEAU)。  同サイトには使用事例が、いくつか掲載されている。まずは「ソーシャルディスタンシング判定技術」。固定カメラ映像を解析して、人々の距離の確保状況の可視化や、データ蓄積の検証をおこなうものだ。  次に掲載されているのは「洪水浸水想定区域図の3D化」だ。3Dでデータがあるということは、高さの情報もある。どの建物が、どの程度水没するのか、そうした情報が分かれば、避難ルートの改良にも役立てることができるだろう。  最後に掲載されているのは「ウォーカブルな拠点整備を目指した都市開発に伴う 歩行者量変化の可視化」である。新型コロナ以降、人々が密になるのを防ぐ、感染症に強い街作りが望まれている。歩行量をあらかじめ推定して、分散させるような設計にできれば、こうした目的も達せられるだろう。  使用事例として挙がっているものは、まだセマンティクスを存分に活用したものではないように感じる。現在多くのプロジェクトが進行中だそうなので、より踏み込んだ事例が出てくるだろう。
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経産省や総務省のプロジェクトも
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